1日がかりの祭典を終え、コーネルはドサリと椅子に座って背中を預けた。
「もう……限界だ」
疲れ切って表情も虚ろな彼に歩み寄る老執事は無慈悲にスケジュール帳を差し出す。
「何をおっしゃいます、コーネル陛下。
明日からは各国の王へ即位の挨拶周りですぞ。まずは白の国から。
そして赤、黒の国を経由して緑の国……向こう3ヵ月はかかりますな」
「あ、明日からか?!」
「それはもちろん。
挨拶周りから戻り次第、5ヵ国会議の準備となります。
その合間に、ニヴィアンを始めとした街々の視察を……」
「あぁ、もう今はやめてくれ。俺は疲れた。今すぐ寝たい。要件は以上だ」
「では1時間後の食事会まで仮眠でも。
といっても着替えていただく必要がありますので実質30分ほどですかね」
「……継承した当日に死にそうだぞ」
とにかく体を休めたい、と執事を部屋から追い出し、ソファに身を投げる。
ドッと深い疲労感がため息と同時に溢れた。
結局30分もしないうちに叩き起こされ、そのまま晩餐へ押し込まれる。
そこにはラズワルドをはじめ、叔父のノゼアン公爵とその子供であるシンハやマオリ、その他各街を統治する貴族の面々がズラリと揃っていた。
「なんだ、コーネル。この目出度い場で辛気臭い顔をしおって。
これくらいで疲れておっては先が思いやられるぞ?」
ははは、と席に着く先客たちは笑った。
「では、新王の即位に、乾杯」
「乾杯!」
グラスを交わす音が鳴り響く。
各々が料理に手を付け始めてしばらくしたところで、ノゼアン公爵がわざとらしく咳払いをした。
「さて。コーネル陛下の即位ということは、妃となる者の選定も急ぐ必要があるわけだ」
豊かに蓄えたヒゲを摩りながら、公爵はラズワルドとコーネルへ交互に視線を投げかける。
「なぁなぁになっていたが、ここで一つ、我が娘マオリとの婚姻を正式に提案させていただきたいのだが?」
黙々とステーキを頬張るシンハの隣でマオリが顔をしかめる。
事あるごとに自分とコーネルの婚姻を口にする父ノゼアンにウンザリだ。
マオリはコーネルの従妹である。
立場としては本家であるラズワルドやコーネルに最も近しい高貴な身分の娘だ。
巷でも、未来の妃はマオリだろうと噂されるほどである。
しかしラズワルドは一向に首を縦に振らないまま今日を迎えた。
恐らく彼は、自身の弟であるノゼアンが秘める野心を見透かしているのだろう。
コーネルが生まれるまではシンハが王位継承者候補とされていたが、それがひっくり返されて今に至るこの現状に、ノゼアンは納得がいかないのだ。
妃の父という立場が欲しいと顔に書いてある。
「いいえ、ここは我が娘を」
「いやいや、うちの娘を……。いかがです、ラズワルド様?」
ノゼアンに対抗するように、各街の貴族たちがこぞって自分の娘を提示してくる。
ただ息子を祝いたかったラズワルドは「飯が不味くなる」とでも言いたげにグラスを一気に傾けた。
「お主ら、何か勘違いしておるようだな。
今のわしは既に王位から退いた身。選ばせたいならコーネル本人に聞け」
「俺はまだ、そういうのは……」
気まずそうにグラスを弄ぶコーネル。
これが嫌だから、『あの日』脱走したというのに。
「しかしなぁ。そう悠長な事は言っておられんぞ、コーネル?
同い年の“ジスト”も、もう妃をとったのだ。となれば、お前だって早すぎるというものでもなかろう」
「いや、俺は」
「なんだ? もしや旅の最中に『そういう』相手でも見つけたのか?」
お道化た風にラズワルドは聞いてくるが、コーネルは文字通りビクッと肩を跳ねた。
「……まさか、本当にそうなのか、コーネル?」
一斉に注目の的となる。
期待をする目、すがるような目、あらゆる感情がごちゃまぜの視線。
――あぁ、もう言ってしまおうか。
「……そういう事だ。だから俺は政略結婚をするつもりはない。今後ずっとだ」
わかりやすくガックリとうなだれたノゼアンと、人知れず勝利の拳を握るマオリ。
ラズワルドは思わずグラスを持って立ち上がってしまった。
「ほっほう!! こりゃ目出度い!!
心配しておったが、お前にそういう相手ができたのであればその者が相応しいに決まっておる!!
さぁ、もう一つ乾杯といこう!!
……で、いつ紹介してくれるのだ?」
「……そのうちだ」
喜びや悲しみが入り乱れる食事会は予定よりも長引き、すっかり出来上がってしまったラズワルドに深夜まで付き合わされる羽目となったのは言うまでもない。
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