父の書斎の大扉の前に立ち、深呼吸を1つ。
昔からここに立つのは父の罵声を浴びるためだった。
だが今日は、できるだけ胸を張って先に進みたかった。
快く送り出してくれた『父親』の顔を思い出しながら。
「失礼します。父上、戻りました」
「なんと……」
息子の呼びかけに思わず立ち上がったラズワルドは、昇る朝日のようにゆっくりと笑顔を浮かべた。
「よく、よく戻った、よくぞ……!」
熊のような大柄な体がドシドシとコーネルに駆け寄り、がしりと抱きしめた。
面食らったコーネルは目を見開いて言葉を失う。
――こんな風に抱きしめられた事なんて、子供の頃以来だったから。
「あぁ、我が息子よ!! 心配したのだぞ?!
なんじゃあ、背が伸びたようではないか?! まぁわしにはまだ程遠いがな!!
がっはっは!!」
「ち、父上……苦し」
「おおっと、すまんすまん。つい高ぶってしまったわい。
ほれ、リシアも嫁に行ってしまって、わしは寂しくてのう……。
しかしコーネル、見違えたな。この上腕二頭筋はなかなか筋がいい……さすがわしの息子だ」
咳払いをする息子。ラズワルドは肩を揺すって笑い、そして真っ直ぐに見つめた。
「よし、報告を聞こうではないか」
「はい。俺は……『俺達』は、邪なる者とその主を封じ……
“ジスト”をミストルテインに帰し、ここまで。
俺の旅は終わりました。これからは王家の一員として従事します」
「うむ。良い。
……それで、どうだった? お前達の旅というものは」
「とても……実りある……。
……いえ。“楽しかった”、とだけ」
「そうか」
ラズワルドは腕を組み、ゆっくりと腰かける。
その横顔は穏やかだった。
旅に出る前よりも、目尻の皺が深くなったように見える……かもしれない。
「コーネル。お前は昔から笑わない子供だった。
わしもただの父であったなら、お前の興味の幅を狭める事もしなかったであろう。
それこそ、かつてお前が唯一愛したピアノのようにな。
わしも少々頭が固かったのかもしれん。ピアノを弾く王が居ても良いではないか。
ジストに指輪を託した日の夜、わしはそう思ったのだよ」
「あぁ、そうです、指輪を……」
懐を探って王家の指輪を差し出すが、ラズワルドは静かに首を横に振った。
「父上?
これは父上のものです。返さねば……」
「いいや。それはお前にやろう」
「は?!」
ラズワルドは、近くの棚の鍵のついた引き出しからある書類を取り出す。
指輪を受け取る代わりにそれを差し出し、インクとペンをズイ、と押し出した。
コーネルが受け取った書類。
それは、『王位継承の承諾書』だった。
「……どういう意味ですか、父上」
「見た通りの意味だ。明日からお前は国王になる。
戴冠の手はずは整っている。後はお前がそこに名を記すだけだ」
コーネルは一切の身動きを忘れてラズワルドを凝視する。
ここカレイドヴルフにおいて、生前退位は前例がない。それくらいはコーネルとて把握している。
帰ってくるなり突然王位を受け渡されるなど、父の身に何かあったのかと思わない方が無理な話だ。
ところがラズワルドは、青ざめた息子を見て噴き出したのだ。
「何を呆けておる。これもまた良かろう?
少しは立派になったとはいえ、お前はまだまだヒヨッコだ。
わしが元気なうちにこの席を譲り、ビシバシ鍛えてやるのがいちばんだと思ってのことだ。
わしと同い年であったアメシスの事を思えば、こうしたくなったとしても誰も責めやしない」
「し、しかし……俺はまだ帰ったばかりで、何も……」
「なぁに、そう気にせんでいい。
戴冠式の準備は済んでいるのだからな。
……いやしかし、お前の背丈の見積もりは甘かったかもしれん。
後で針子に採寸をしてもらってこい」
さぁ、と促され、コーネルはペンを握る。
この一筆で、すべてが決まる。
青の国カレイドヴルフがどのような未来を辿るのかが。
-02-
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