結果から言うと、不合格だった。
その結果だけ見れば、誰もが「やっぱりね」と肩を竦めるだろう。
貼り出された合格者の名簿を見た皆は、マオリが進級しようだなんてお門違いもいいところだと笑い話にする。
実際、同じクラスの連中はクスクスと笑ってマオリの後ろを通り過ぎていく。慰めの1つもない。

いつもの彼女だったら虚勢を張っていたところだろうが、今回ばかりは本当にショックだったようだ。
戻ってきた答案を片手に、マオリは逃げるように中庭へと走った。



いつもの場所にはアンリがいた。
今いちばん会いたくない男だったが、ここまで世話を焼いてくれた彼に会わないわけにはいかない。
彼は教師だ。マオリが不合格だったことくらい、もう何日も前から知っていただろう。
合格を心待ちにしていた自分のここ数日の姿が恥でしかない。

自信があったのに。
本気で頑張ったのに。
やっぱり自分には進級など夢のまた夢だったのかもしれない。

「酷い顔ですよ、マオリさん。
それでは絵を描けません」

彼はスケッチブックを片手にそう声をかけてきた。

「……ごめんなさい。貴方の時間をあれほど拘束しておいて、わたくしったら……」

「えぇ、まぁ、そうですね。端的に言えばガッカリというやつです」

そっとベンチの隅に寄る彼。隣に座るようマオリを促す。
へたり込むようにそこへ座り、彼女は俯いた。

「なんと詫びればいいのかしら。わたくし、潔く退学した方が、誰の迷惑にもならずに済むのかもしれませんわね」

「僕は慰めたり甘やかすことが苦手でしてね。希望的観測も語りたくはない。
でもこれだけは言えますよ。
マオリさん、貴女は次の試験で必ず合格します」

この期に及んで何を言うのか。
マオリはぐしゃぐしゃになった答案用紙をアンリに押し付ける。

「無理ですわよ!!
あんなに勉強したのに、このザマ!!
同情はいりませんわ。いっそ笑って!!」

わっ、と泣き出す彼女の手から答案を受け取って眺める。

「笑うべきは、貴女の頭脳よりもそそっかしさといったところでしょうねぇ。
ほら、この問題。解答欄を間違えているんです。もう少し落ち着いて試験に臨めば、立派な合格点だったのに」

「えっ……」

すぐ後ろの噴水にも負けないほど溢れ出ていた涙がヒュッと引っ込む。
なるほど、彼の言う通り、そこさえ合っていれば合格点に到達していたようだ。

「こ、こんなことって……」

「……ぷ、はははっ!」

仏頂面が無邪気に笑った。
目を白黒させる彼女に、彼は笑い涙を拭う。

「いや、すみませんねぇ。つい、貴女の顔が面白くて」

「んなっ?!」

自分のために割いた時間が徒労になったことを彼は怒っていると思っていた。
だが違ったようだ。
こんな風に誰かが笑ってくれたのは、一体いつ以来だっただろうか。

「まぁ、でもよかったじゃないですか。
貴女も人一倍頑張れば、そこそこ結果を出せるということが証明されて」

「それは、そうですけれどぉ……」

「努力する人は好きです。
だから、今回は特別に、貴女にご褒美をあげましょう。
何か僕にしてほしいことはあります?
……補講以外で」

「貴方にしてほしいこと……?」

マオリにとって褒美といえば金品だが、教師であるアンリにそれを要求するのは何か違う気がする。
うーん、と夏空を見上げたマオリは、1つだけ願い事を思いついた。
――ただそれは、素直に口にするにはいささか恥ずかしい。

傾きかけた陽の色のように頬が染まる彼女に、アンリは首を傾げる。
眼鏡の向こうから見つめてくる若草色の瞳。
いっそ吸い込まれて消えてしまいたいほど、マオリの顔色は沸騰していた。

「な、夏祭り……。
ほ、ほら、花火大会、ありますでしょう?
あれに……一緒に行ってくださらない?」

「え」

「んっんー!! 拒否権はナシですわ!!
一緒に行きやがれですの!!」

カレイドヴルフの名物、夏の花火大会。
二日連続で催される祭りであり、浜辺に露店が並び、閉会の手前で大きな花火が打ち上げられる。
青の国きっての大イベントだ。
そしてそれに二人きりで行く、ということは……――

「……夏休み明け、僕の教育者人生が終わっていたら、骨は拾ってください……」

それが承諾だと気付くまで一瞬の沈黙が流れた。
大喜びのマオリの一方。
生徒と二人きりで出掛けることについてご丁寧に許可証を提出した慎重な男の存在は学長しか知らないのであった。





-06-


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