試験後の日々、放課後は彼の補講を受ける。
同じように赤点を取った数人の生徒を集めてアンリの研究室で復習が行われる。
1人、また1人と補講を終えていく中、やはりマオリは最後まで残っていた。

「そちらの担任が音を上げるのもわかりますねぇ。
全く同じ問題をこれだけ何度も間違えられるなんて」

「あ、あら、これ同じ問題でしたの? オホホ……」

思わずぼやいたアンリだが、何回も何十回もマオリの間違いに付き合い続けた。
自分の記憶力のなさに自分で驚いていたマオリも、さすがにだんだん委縮してくる。
彼女は恐れていたのだ。他の教師と同じように、アンリにも見捨てられてしまうことを。

そろそろ何か、彼に胸を張れるような面を見せたいものだ。
補講の時間を終えて寮へ戻る道すがら、マオリは悶々と悩む。
自分に出来ること、人一倍だと自信を持てるもの……――

「そうですわ。お菓子を作りましょう!!」

思いつくや否や、教材を部屋に放り出して買い物に走ったのだった。



そう、マオリは唯一、料理だけは得意だった。
幼い頃、従姉のリシアとカレイドヴルフ城の厨房に立って茶菓子を作るのが好きだったのだ。
とはいえ、料理の醍醐味である「誰かに食べてもらう」という行為ができずにいた。
情のない家族はもちろん、友達すらいない彼女には渡す相手がいなかったというわけだ。

学生寮には簡易ながら調理場が設けられている。
寮生は基本的に自活なのだ。だからここで自炊をする者もそれなりにいる。
マオリも時折自分の食事を作るために利用していたが、周りに白い目で見られるのが不愉快で、あまり時間をかけて調理するものはここでは作っていなかった。



翌日、補講までの空き時間で調理場に立つ。
通りすがりの生徒達が、調理場から漂う甘く香ばしい匂いに時々足を止める。
だが、せかせかと作業しているのがマオリだとわかると、見なかったことにして去っていくのだった。

こんがりと焼きあがったクッキーを丁寧に包んで、浮かれた足取りで研究室へと向かった。



いつも通り教科書を広げたアンリに、マオリはここぞとばかりに贈り物を差し出す。

「は? なんです?」

「日々のお礼ですわ! わたくしの手作りですのよ!
それはもうありがたく思ってほしいですわね!」

「教師なんですから、教えるのは当然です。礼なんていりませんよ」

「いいから! 受け取ってくださいまし!
それとも可愛い生徒が作ったものを受け取れないとおっしゃいますの?!」

不服そうに目を細めた彼だが、仕方なさそうにその包みを受け取り、その流れでそのまま脇に置いた。

「た、食べませんの?」

「後で。
……こんなことする時間があったのなら予習でもしておいてほしかったですねぇ」

「んっんー!! 素直に喜びやがれですわ!!
……その、もちろん味は保証しますけれど?!
身内以外の口に入るのは初めてですの。ぜひ感想を聞かせやがれですの」

「毒でも入ってそうですねぇ。怖い怖い」

目の前で食べてほしかったが、まぁ受け取ってくれただけでも良しとしよう……――

その日のマオリはいつにも増してソワソワと落ち着かなかった。
そのせいでアンリのため息の回数が増えたのはお察しの通りである。



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