風邪をこじらせた担任教師の欠勤を埋めるべく、普段は錬金術を教えている教師が代理として現れたのだ。
もしもこの時の出会いがなければ、『二人』は顔も知らずにそれぞれの人生を辿っていただろう。
教室のいちばん後ろの席で退屈な欠伸を噛み殺していたマオリだが、始業のベルと共に入ってきた見慣れない教授に眠気が吹き飛ばされた。
後の彼女は一目惚れだったと熱弁するが、この時に彼女が覚えたものは“変化”だった。
平坦な水面に小石が突然投げ落とされたような。
教室内もざわめいた。見知らぬ顔が教壇に立てば当然ではあるが。
「えー、今日から2週間ほど代理でこの授業を担当します。アンリ・シュタインと申します。
本来は錬金術科の准教授なので……まぁ、わかりにくかったら都度言ってください」
察するに、あまり個人的な話をしたがらない男なのだろう。
自己紹介も手短に済ませ、彼はさっさとこちらに背を向けて黒板にチョークを走らせ始めた。
彼の性格が幸いしているのか、余計な話を挟まないアンリの授業は概ね好評であった。
中には彼が本来受け持つ授業の履修を検討する者が出るほどだ。
思考がよく散漫になるマオリにとっても、彼の教え方はありがたいものだった。
そのシーズンは試験期間でもあり、結局2週間経っても万全な復帰ができなかった担任の代わりにアンリが試験を作る羽目になる。
錬金術科でも受け持つ授業が多い彼は、試験前の数日はクマの浮かぶ目を彷徨わせていた。
アンリが担当するようになってから何となく「わかった」ような気分でいたマオリだったが、教師が変わった程度では彼女の学力は揺るぎない底辺を貫き続ける。
答案用紙が返却され、「いつもより10点高い!」と喜ぶマオリに、アンリは思わず頭を抱えた。
「いやいや、貴女……。ギリギリ二桁とれてるとか、それで喜ばれても。
ここまでの点数を叩き出されると、もはや己の手腕を疑います……」
容赦なく補講が言い渡されるが、マオリは初めて見た10点の答案を手に歓喜していた。
この時、マオリはようやく学ぶという行為に喜びを感じたのだ。
-02-
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