本当にあの司祭の息子なのかと疑いたくなるほど、イアスは毅然とした態度で明るく穏やかな青年だった。
彼が教会にいる間は修道女達もおとなしい。
息子に舵をとられる司祭は委縮しているし、サファイアを虐めていた修道女達は彼の笑顔にうっとりしている。
イアスは聖職者としての用事で訪れたようで、しばらくの間ガラントの教会に滞在することになった。
相変わらずサファイアは墓守に徹していたが、イアスがいる事で、目に見えて理不尽な仕打ちが減って心穏やかに過ごせていた。
花壇に水をやり、小遣いが入った時は花束を買ってきて一輪ずつ墓標に添える。
暗くなるまで墓地を眺めて過ごし、夜は修道女達がほったらかしにしていた室内の汚れを丁寧に磨いていく日々。
誰もサファイアの善行を気にも止めなかったが、イアスだけは、一生懸命雑用に励むサファイアを見つけては心から褒めてくれた。
「サファイア、ちょっといいかい」
窓を拭いていた彼女が振り返ると、イアスがいた。
「どうだろう。私と共にカルル村へ来ないかい?」
それは願ってもいない幸運だった。
イアスはもうじき自分の教会に帰るらしく、ここで冷酷な扱いを受けている彼女を引き取ろうと申し出てくれたのだ。
「こういうのも何だが、ここの人達にはうんざりだろう?
カルル村にくれば、確かに向こうも貧しいけれど、君をこんな目には・・・」
「いえ」
まさか断られると思っていなかったのか、イアスは目を丸くした。
「どうしてだい?」
雑巾を片手に、サファイアは俯く。
「私がいなくなったら、あの墓地を手入れする人がいなくなってしまうから・・・。
それに・・・」
ここにいればいつか母親が気持ちを改めて迎えに来てくれるかもしれないから。
・・・という本音は、心に押し留めた。
「そうか。君がそう言うのなら、私に否定する事はできない。
だけど、君にはこう考えておいても欲しい」
君はもう十分に“彼ら”を弔った。
彼らもきっと満足している。
となれば、彼らは次に君の幸せを願うに違いない。
“生きている”、まだまだ年若い君なのだから。
サファイアにそう話した次の日、イアスはカルル村へと帰って行った。
途端に司祭と修道女のいびりが始まり、サファイアも苦笑いだ。
後に、イアスがここを訪れた理由を知る事になる。
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