ガラントは白の国でも特に貧しい小さな村であり、身寄りのない遺体の行く先でもあった。
小さな教会の敷地には多すぎるほどの墓が並んでいる。
供え物も一切なく、ただ雪と汚れに覆われているだけの墓標である。
――可哀想。きっと寂しいに違いない・・・
もはや室内の仕事もさせてもらえなくなったサファイアは、凍える身体をさすりながら、1つ1つの墓を磨いてまわった。
汚れきっていた十字架は見違えるほど綺麗になり、すっかり読めなくなっていたそこに眠る者達の名前も浮かび上がってくる。
1つの墓の手入れが終わると、そこに眠る人のために膝をついて祈りを捧げる。
刻まれた名の横に添えられた年齢が若者達ばかりだったのが気になるが、何日もかけてサファイアは1人ずつに祈りを捧げ続けた。
吹雪の季節が過ぎて春らしい陽気が続くようになった頃、放置されていた土だけの花壇に、なけなしの小遣いをはたいて買ってきた花の苗を植えはじめる。
美しく生まれ変わった墓地を詰まらなさそうに見ていた修道女達は、せっせと花に水をやるサファイアに聞こえるような声でこう言った。
「くだらないわねぇ。そこに埋まっている人、みーんな“犯罪者”だっていうのに」
ジョウロを持つ手が止まる。
あはは、と笑いながら彼女達は去って行った。
ガラガラと車輪の音がする。
はっと我に返って教会の入り口の方を見ると、馬車が止まっていた。
一瞬ドキッとしたが、降りてきた者は母ではなく見知らぬ青年だった。
「おや、見ない顔だね。新入りさんかい?」
神父の姿をした茶髪の彼はサファイアに尋ねる。
はい、と頷くと、彼はその後に輝くような笑顔で墓地を見た。
「君が綺麗にしてくれたのかい?
素晴らしいね! ずっと放置されていて、大変だっただろう?」
ジョウロを持ったままサファイアはきょとんとする。
それから、ここへ来てから初めて笑顔になった。
その青年はイアスと名乗る。
どうやらここの司祭の息子らしく、もともとはこの教会で修行していたが、ガラントの遥か南東にあるカルル村というところで自分の教会を持ったという。
「あの、この墓地は、本当に犯罪を犯した方の・・・?」
恐る恐る聞いてみると、イアスは苦笑いで頷いた。
「もしかしたら気付いたかもしれないね。ここに眠っている人の年齢は若者ばかりだ。
大罪を犯して処刑された者が、ここには眠っている」
サファイアは複雑な思いで唇を噛む。
何も知らずに美しい墓所へと蘇らせたが、そこに埋葬された者達は極悪人ばかり・・・――
「なに、そう気に病む事でもない。
彼らはその命を以て罪を償ったんだ。
今ここで眠る彼らは、もう赦された人々なんだよ。
――女神の教えとしては、ね」
その素性から、その死を悼む者などいない。今までずっとそうだった。
だが、1人の無垢な少女だけは心から安らぎを祈ってくれた。
きっと彼らは幸せだ。生まれ変わったら、正しい道を歩んでくれるだろう。
イアスは穏やかにそう言った。
「綺麗な花壇だね。
これなら眠っている人達も退屈しないだろう」
ヒラヒラと飛んできた蝶を横目に、彼は笑う。
-09-
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