病状は改善する兆候は一切なく、むしろ新たな症状に苦しむ事になる。
脳が焼け落ちるような激しい頭痛と発熱、精神がおかしくなったような妄言の数々。
いよいよアガーテが自分に黙って何かをした事に気付いたメノウは、錯乱気味のアガーテを連れて医療機関に殴り込む。
彼女の担当医は涼しい顔で治験の話を告げ、アガーテの筆跡で記された承諾書を見せつけてきた。
リスクを承知で治験に参加したのだから、機関側には何の落ち度もない。
まだ年若そうなその担当医は薄ら笑いでそう述べるのみ。
メノウと同じく両眸の色が違うこの医者は、人間の形をした悪魔そのものなのかもしれない。





苦痛を訴える悲鳴が響く。
苦しい、殺してほしい、アガーテはそう叫ぶ。
幸せそうに笑っていた妻の笑顔が無残に掻き消されていく。
こうなってしまっては、もう今の医療では彼女を救う手立てがない。

最期は愛しい我が家で迎えたい。
可愛い娘と、愛する夫を見つめながら逝きたい。
正気を失くしつつあるアガーテが最後の気力で訴えた心だった。





燃えるような熱に侵され、それでも事切れるその瞬間まで自ら命を絶つ事だけは耐え抜いたアガーテ。
震える指先で幼い娘の輪郭をなぞり、夫の頬に手を添える。

――あぁ、ごめんなさい。愚かな私のせいで。

――それでも私、世界で一番幸せだったわ・・・――



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