異変が起きたのは、ハイネが生まれて数か月の頃。
常に溌剌としていたアガーテが、急に体調を崩したのだった。
黒の国では、今、流行り病が蔓延している。
沈静化するまでは産後であるアガーテと生まれたてのハイネは極力家から出ないようにしていたのだが、体力が落ちているアガーテが病魔に侵されてしまったのだ。
日常生活を送るだけであまり余裕がない家計だったが、アガーテを救うためにメノウは仕事を増やす。
妻に余計な心配をさせまいと、黙って危険な仕事に赴く事もあった。
それを察した彼女に烈火の如く怒られる事も多かったが、やがてそんな体力も奪われ、あれほど元気だったアガーテはすっかり弱りきって一日ベッドで過ごすようになる。
黒の国の都心であるダインスレフには大きな医療機関があり、まごう事なき世界一の病院だった。
大きな仕事をこなしてきてはアガーテを連れてその機関へ向かうが、結局根本的な治癒はできないまま、少しでも苦痛を和らげる薬でしのぐのみ。
アガーテは、自身の治療費のために身を粉にして働き詰めの夫を心配し、そしてさらに体調を崩すという悪循環に陥る。
先の見えない治療の中で、ある日、担当医が別の薬に変えるように勧めてくる。
聞けば臨床治験中の特効薬であり、うまくいけば病が治るかもしれないとの話だ。
ある程度の冷静さを持ち合わせていれば、それが真実かどうかを見破る事ができたかもしれない。
或いは、夫がその場にいれば、待ったの声がかかったかもしれない。
だがその時ばかりはアガーテ1人がそこにいた。
精神も肉体も追いつめられていた彼女は、治験に協力する事を承諾してしまったのだ。
相応のリスクがあるかもしれないと思いつつも、今にも体を壊しそうな夫を少しでも安心させたくて。
試すように渡された曰くつきの薬。
少し躊躇いもあったが、医者が勧めるのだからと思い切って服用する。
そしてすぐにそれが罠だったと知る事になるのだった。
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