ギルドでは時々メノウを気に入った傭兵が声を掛けたが、総じて夜分までは相手にしていなかった。
暗くなる頃には家に帰り、家計の足しにしようと内職に精を出すアガーテが嬉しそうに彼を迎える。
ささやかながらも平和な日常を送れるようになった頃、メノウはアガーテに言わずに貯め込んでいた金で銀の指輪を買い、正式な夫婦の契りとしてそれをアガーテに渡した。
決して高級な指輪ではない。だがそれを薬指にはめたアガーテは、泣き笑いで顔をくしゃくしゃにしながら幸せだと笑った。
隠れ住むこの夫妻は、盛大に祝福されるような式を挙げる事はできない。
それでもアガーテはやはり改めて美しい衣装を身に纏いたいと夢を抱き、近くで写真を生業にしていた小さな店で夫妻の晴れ姿を1枚の紙に焼き付けた。
心の底から幸せそうに笑う妻の姿。その笑顔を絶やさないように、メノウは傭兵としての名声を上げていった。
それは遠く、隣の白の国にまで伝わるほどに。
慎ましく幸せな日々を過ごしていたこの夫妻に、もう1つの幸運が訪れる。
アガーテが身籠ったのだ。家族という形に憧れていた彼女は、授かった命を歓迎した。
愛する人との子供が愛しくないわけがない。日に日に大きくなっていくお腹を、いつも愛しげに撫でていた。
体調が優れずに横たわっている時、アガーテはいつもメノウに甘えて手料理をせがむ。
妻としては美味しい料理を夫に作ってやりたいところではあったが、貴族令嬢として育ったアガーテは包丁すら握った事がない。
そもそも料理という発想に至らない幼少期を過ごしていたメノウも同じだが、妻が求めるのならと台所に立つ。
一番最初に彼が作った料理は、もはや炭と化していた。
アガーテはそれでも大笑いでそれを平らげる。苦い。でも愛情は感じる、と。
夫婦揃って料理本を片手に修行を重ねているうちに、いつの間にやらメノウの方がその技術を上げていく。
繊細な時期を過ごすアガーテが少しでも食べられるようにと思考錯誤して差し出す彼の料理は、黒焦げだった頃とは見違えるほどだ。
アガーテはそれを喜び、決まって食べ尽くし、満足げにありがとうと笑う。
順調に成長していくお腹の中の子は、両親の想いに応えるように、やがて元気な産声を上げる。
2人のもとへやってきたこの子は、父譲りの赤い髪と、母譲りの碧眼を持つ女児だ。
確かな愛情の中で生まれたその子はハイネと名付けられ、決して裕福ではないにしろ温かい両親の間ですくすくと育って行った。
やっとの思いで掴んだこの幸せ。
それを取り上げてしまう無慈悲な存在とは、一体何なのだろうか。
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