野蛮なブランディアしか知らなかったアガーテは驚いたが、大怪我を負ったメノウの姿を見た黒の国の住人がすぐに空いている宿屋へと案内してくれた。
どうしても原始的さが拭えなかった赤の国とは違い、黒の国は多少整備され落ち着いた街並みをしていた。
医療の発達も目覚ましく、恐らくブランディアだったら助からなかったであろうメノウの怪我をすぐに治療した。
彼の右腕には大きな十字傷が残ってしまったが、機能は失われずになんとか回復したようだ。
誰もが目を覆いたくなる痛々しい傷跡は包帯で隠し、ほとぼりが冷めるまで数週間はひっそりと身を隠す。



黒の国であるここに、赤の国の追っ手が入ってくる事はなかった。
公の理由もないまま他国に兵を入れるのは宣戦布告と同義である。
黒の国はここ最近で目覚ましい発展を遂げている機械化の先駆けである文化だ。
そんなところに、蛮族のような兵しか持たないブランディアは戦争など仕掛けられるはずがない。
もっと言えば、国王の許婚が奪われたなどという不名誉な噂を大衆に晒すわけにもいかない。
半ば匿われるように街へ受け入れられたメノウとアガーテは、その様子を察すると、ようやく深々と安堵のため息をついたのだった。

ようやく2人は対等の男女となり、この黒の国で新たな生活の基盤を築く事を決めた。
街外れの古ぼけた小さな空き家を買い、2人はそこで暮らす事にする。
貴族の出身であるアガーテにとっては馬小屋ほどの質素な建物だろうが、彼女はただただ幸せそうに我が家を見つめていた。



さて、アガーテを連れ出した事で、ブランディア兵としての地位は完全に失くしたメノウだ。
食っていくには新しい職を探さなければいけないのだが、その身の上のために目立った仕事をする事は叶わない。
いくら兵になりたての頃に多少の教養を身に付けたとはいえ、頭を使う仕事には向いていない事は知っている。
素性を隠して戦闘力を生かせる職となると・・・――



そう、『傭兵』だ。
傭兵ギルドはまさにメノウのような人材を受け入れる最後の砦とも言える。
傭兵業がどんなものかはよくわかっていなかったが、金が稼げるのならば何も文句はない。
家を買ったその足で彼はギルドへ向かい、そのまま傭兵としてその名を登録する。

老いも若きも、奴隷でも貴族でも、ギルドの中では等しく傭兵と呼ばれる存在だった。
必要以上に他人と関わらない、やりたいだけの仕事を自由にやる事ができる。
縛られ疲れていたメノウにはうってつけの職だった。




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