その夜は、唐突に催された宴会で王城中が盛り上がっていた。
他国の用事で席を外していたヴィオルにこっそり隠れて飲み食いしようと、ティルバが宴を設けたのだった。
この他国への用事というのも、何やらその日突然湧いて出たような案件だったが、何か知っていそうなティルバは笑い飛ばすのみ。
景気よく振る舞われた酒で気分よく酔う王城の使用人達。
ヴィオルがいない事をいい事に、酔った勢いでティルバを称える連中まで現れる。
そこにいて然るべき2人の姿が無い事にも気付かずに。


この宴会の裏事情を知る者は限られている。
兵達は揃いも揃って馬鹿騒ぎに興じ、城の警戒が薄れていた。
身を隠すような外套でアガーテを包んだメノウは、厩舎から早馬を一頭引ったくり、アガーテを抱えて飛び乗る。
その嘶きも、蹄の音も、宴会の喧騒に掻き消された。
深夜近くの王都を風のように走り抜ける。
朝までに出来るだけ遠く、遠く、この馬を走らせなければいけない。





王都を抜け、砂漠を走り抜ける。
夜間の砂漠は凍るほどに冷え込む。
外套を羽織るアガーテの息は白いが、とても幸せそうな顔をしていた。
朝までに国境を越えれば、追っ手はそう易々とやってこれない。
赤の国に一番近い隣国は黒の国だ。西へ西へと馬を走らせる。



真後ろの空が白んできた頃、ついにこの逃避行が公になり、ヴィオル派の兵が数人馬で追いかけてきた。

「貴様、止まれ!!」

「アガーテ様を攫う罪深き者め!!」

数々の罵倒が飛んでくるが、今更その程度の言葉などなんの効力もない。
躊躇わずに走り抜けようとしたところで、後ろからの投擲で馬の足元が掬われる。
悲鳴を上げて倒れた馬から投げ出され、アガーテを抱えたメノウは素早く受け身をとって大剣を引き抜く。
戦う意思と殺意を前に、追っ手は身震いするが、主の命には逆らえない。
メノウの戦闘力は城の誰もが知っていた。勝てるはずがない。
ただ、彼は今アガーテを抱えている。対する追っ手側は複数人だ。
予想通り思うように動けないメノウに容赦なく襲い掛かる。
凶悪な刃に至る所を切りつけられ、アガーテを抱えるメノウの右腕に深々と傷が刻まれる。
守られるアガーテは恐怖の中でも愛する人をひたむきに信じ抜く。
ここで引いたら、すべてが水の泡となってしまう。
また大切な物を失ってしまう。



振り絞った力で追っ手の最後の1人を切り落とし、ようやく砂漠の静寂が戻る。
夜明けが近い。ぐずぐずしていると次の追っ手が来てしまう。
酷く消耗しているメノウは、これ以上の敵を退ける体力が残されていない。
右腕の感覚を失うほど深く刻まれた十字の傷からどんどん血が流れていき、彼の呼吸が乱れてくる。
アガーテは身に纏っていた外套を切り裂き、彼の腕に巻き付け、転んでいた馬を立たせて彼を乗せる。
令嬢だったアガーテは馬術の経験は皆無だが、ここまで守り抜いてくれたメノウを一刻も早く休ませようと、慣れない手綱を手にした。

「お願い、持ちこたえて!
きっと助けるわ。だから・・・!」

どこかで神はこの2人を見ていたのだろうか。
遠巻きに次の追っ手が現れたのが見えたが、追いつかれる前に2人は黒の国の領地へと逃げ込んだ。



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