ヒスイが対峙したのは、あからさまに不平等と言える大柄な男だった。
たった12歳の少年の相手に、屈強な大男をあてがう必要などあるだろうか。
観客の間ではどちらが勝つかの賭けが行われている。
わかりきったようなこの状況でも、だ。



「兄貴、兄貴、ワイ・・・!」

涙が浮かぶ顔がこちらを向く。
様子がおかしい。
常日頃から喧嘩っ早く、大の大人であった主にさえ隙あらば殺意を向けていたヒスイがここまで恐怖するだろうか。
彼の震えの原因はそれじゃない。
メノウはテーブルに残されていた水の入ったコップを手に取る。

――何か、細かいモノが沈んでいる。

「やめろ、ヒスイ!! 逃げろ!! 早く!!」

メノウは叫ぶ。
兄の声に従おうとしたヒスイだが、足がもつれて転んでしまった。
観客はその姿を見て大笑いしている。
相手方の大男も、大きな斧を振りかざして笑う。

「やめろォォォ!!!」

飛び出そうとしたメノウを、番人が数人がかりで引きとめる。
うつ伏せから起き上がれないでいたヒスイは悲痛な声を上げた。

「兄ちゃあああん!!!!」

大斧の刃はヒスイの小さな背中をザックリと切り刻み、兄を呼ぶ声がぷっつりと途絶えた。





茫然とするメノウを余所に、試合終了の歓声が上がっている。
無残に殺された弟を見つめる彼の耳には、劈くようなその騒音さえ聞こえなかった。



八百長。希望と絶望が入り混じるこの大会では否定できない裏工作だ。
半悪魔の兄弟が絶望する様を見たがった主は、金で闘士を雇い、ヒスイに毒を盛り、この試合の勝敗を買っていた。
生意気で腹立たしかった弟の方を殺し、すました風の兄が絶望に落ちる様を酒の肴とする。
客席の一角で顛末を見つめていた元凶は、さぞ美味そうに葡萄酒をあおっていた。




-05-


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