アードリガー家は、エレミア家と遠い親戚関係にある。
とは言っても互いの家の親睦はそこまで深くない。
ブランディアにおいては、例え血の繋がりがあろうが、何のリスクも顧みず信じ込むなど愚か者のする事なのだ。
王位を奪取する機会を狙っていたアードリガー家当主は、エレミア家に負け、国王という揺るぎない地位を手にする可能性を否定されてしまった。
腹いせに女の奴隷を大量に買い漁り、そう何度も愛でない内に捨てるという豪遊を繰り返した。
元々女遊びが生きがいのような男であり、身分が低くとも容姿が美しい女性を選り好みしては欲望を発散していた。
その度合いも行き過ぎており、耐えかねて自害した者や実際に行為の最中で息を引き取った者さえいる。
だが当主は何の悪びれもなくその趣味を続けていた。
人間の女性に飽きたとなれば、ダークエルフやアークエルフの女性を攫って使い捨てる。
背徳と言う刺激に毒された当主は、やがて有り金を全て自分の趣味へ投資する程に悪化していった。
一貴族として何不自由ない資産を持っていたはずが、数年でそれを見事に使い果たし、別の貴族から金を借りて更に遊ぶという浪費癖を露わにしていく。
そんな当主はいよいよ地上世界のあらゆる女性に飽き、更なる刺激を求めて悪魔を呼び寄せる。
もはや取り返しのつかないほどに借金が膨れ上がっていたが、それでもお構いなしに生贄となる奴隷達を集め、悪魔召喚に踏み切った。
その召喚に応じた悪魔は美しい女性の姿をしており、当主は彼女を運命の相手だと鵜呑みにして歓迎した。
実際、悪魔の容姿はその時々で変わる。召喚を行った術者にとって一番都合のいい形となって現れ、人間としては抗えない見た目という部分の魅力で主を惹きつけるのだ。
女に狂っていたこの当主には、やはり絶世の美女である事が最も賢い選択だ。
目論み通り当主はすっかり悪魔を気に入り、そして彼女を唯一にして最高の伴侶として迎える。
悪魔に人間の愛などわからない。ただその主の愚かさを笑い、魔力を食えればいいだけ。
当主が好む形で悪魔は振る舞いつづけ、そしてついに『禁忌』へと手を伸ばす。
当主の歪んだ欲望と、悪魔の道化で生まれてきた子供は2人の男児。
貴族は男児の誕生を喜ぶ。何故なら後継者となるのは男性だからだ。
2人もの男児に恵まれた当主は喜び舞い上がるかと思いきや、なんとその子供達を売った金で更に奴隷の魔力を買い、妻となった悪魔に貢ぎ物として捧げたのである。
貴族としての誇りなど無残に葬り去り、ただただ自分の欲望に突き動かされるまま悪魔へ陶酔していく当主。
元より狂ったような男ではあったが、悪魔に取りつかれて身を滅ぼしていく様を見ているのは実に愉快だったらしい。
悪魔はあらゆる手段で夫たる当主を誑かし、大量の魔力と数多の滑稽な姿を堪能し、やがて気紛れに「飽きた」と称して当主の魔力を吸い尽くして殺してしまう。
その悪魔は今でもどこかで巧妙に人間達を騙しているのかもしれない。
――当主亡き後の彼女の姿は誰も知らない。
ところで、問題となるのは売り飛ばされた兄弟である。
人間と悪魔の間の子は一般的に『半悪魔』と呼ばれ、人間にも悪魔にも毛嫌いされる。
生まれながらに悪魔の力を持つ人間などを同類と呼ぶ人間はおらず、別の悪魔の快楽の結果である半悪魔を好む悪魔などもおらず。
その血筋を隠そうにも、彼らの瞳が物語ってしまう。
半悪魔は、左右の瞳の色が異なる。人間の親から受け継いだ瞳の色に赤みが差した色彩となり、受け継いだ悪魔の力が強い程に赤みを増していく。
人間にも、果ては悪魔にさえも見放された半悪魔達は、ここブランディアにおいては奴隷以上の慈悲などない。
先の兄弟も、奴隷市場に売りに出されたはいいものの、いくら奴隷とはいえ半悪魔を買いたいと申し出る者などおらず、結局銅貨数枚という破格の低価格で厄介払いされた。
まだ物心も付かぬうちから重い石を背負い、貴族が優雅に暮らすための新居の地盤を作っていく。
少しでも休めば鞭で打たれ、食べる物はおろか水でさえ満足に与えられぬまま、この砂漠地帯という炎天下でひたすら働かされる。
半悪魔の兄弟は特に厳しく扱われ、たった2人の肉親であるのをいい事に、互いが互いを人質にとられているようだった。
奴隷同士の中でも上と下の関係があり、この兄弟は常に別の奴隷達の憂さ晴らしの矛先となっていた。
この兄弟の弟の方がまた厄介で、常にさっさと死にたいと思っている兄とは正反対で、いつか必ずこんな状況から逃げ出してやると意気込む血の気の多い子供だった。
それが災いして、別の奴隷と喧嘩になっては主に鞭打ちを受ける。どういう訳か、傍観していただけの兄まで連帯責任で酷い仕打ちに合うのだから溜まったものではない。
それでも弟の前向きさは神様が最後に残してくれた慈悲のようなもので、彼を見ていると何となく何とかなりそうだと思えてくるのだから不思議である。
奴隷の中には名前も持たない者が多い。
奉公先ではどうせ名前など呼ばれないのだから困る事もないのだが、この兄弟は親から与えられていた名前を持っていた。
何の気紛れか、兄弟を売りに出した時、彼らを市場へ連れてきた者が2人に名前の刻まれた小さな革紐を腕に巻いてやっていたのだ。
悪魔に狂った男に仕えていた使用人が、売られていく跡継ぎ達を哀れに思って持たせた餞別かもしれない。
教育など施されていない兄弟だが、その革紐に刻まれた文字を読めるようにと皆が寝静まった深夜にこっそりと主の書斎へ忍び込み、その言葉の意味を調べた。
それにより兄弟は自らの名前を知り、兄弟だけの時は互いに名を呼び合って束の間の平和を噛み締めていた。
兄はメノウ、弟はヒスイ。
共にその瞳の色が由来と言える言葉が名となっていた。
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