ラリマーが去って1年後には、彼は娘を1人授かった。
決して裕福ではないが、慎ましく家族で暮らしていたある日の事。



ここ最近で流行り始めた流行り病で、産後だった彼の妻が臥せってしまった。
そして、――彼女が帰らぬ人となってしまったのが先日の事。

まだ1歳にもなっていない幼い娘を遺し、妻に先立たれてしまったのだ。
妻を亡くした日から、彼は人が変わったように様々な危険な仕事へ赴いては傷だらけで戻り、大金を受け取って去っていく。
何も勝手がわからない自分1人が、母恋しさに泣きわめく赤子を抱えて生きている。
父になったとはいえ、彼はまだ20歳だ。ほとほと困り果てた挙句、生き急ぐように稼いでは子供を食わせる事だけを考えているのだろう。

ラリマーはこの2年間を心底後悔した。
もし自分があのままここに留まっていれば、妻を亡くして途方に暮れる彼の傍にいてやれたなら、赤子の世話の1つくらい教えてやれただろうに。
彼の苦しみを少しでも軽くできたかもしれないのに。



彼女は泣きながら彼の家へ向かう。
話では、ここ数日姿を見ていないという。仕事をしている様子でもなし、家にいるはずだと。

――もし早まった事をしていたら・・・



「メノウ! お願い返事をして、メノウ!」

暗い家の中で赤子の泣き声が響いている。
家の中は荒れに荒れていた。片付けていないからではない、壁にヒビが入っていたり、ガラスを叩き割ったような痕跡があるのだ。
それほど酒豪でもなさそうなのに瓶が数本転がっており、黒い小さなシミを床に浮かべている。



泣き声のする部屋へ駆け込むと、小さなベッドの上で赤子が泣いている。
その赤子の首筋寸でのところに、小型のナイフが突き刺さっていた。
大慌てでラリマーが赤子を抱きかかえ、傍に転がっていた哺乳瓶でミルクを与える。
食い付くように哺乳瓶に夢中になる赤子をあやしながら注意深く奥の部屋を覗いてみると、誰かが横たわっていた。

――メノウだ。




久しぶりに会えた愛しい人は、すっかり疲れ果てて倒れていた。
白い錠剤が大量に散らばっており、投げ出された手はナイフを握っている。
刃についた血の出所は彼の首筋のようだ。
掻き切る前に、薬で倒れてしまったのかもしれない。

こんな変わり果てた姿、見たくはなかった。
もしラリマーがここへ来なかったら、もう二度とその目は開かなかったかもしれない。





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