いくら男好きの浮名が流れているとはいっても、その前提は双方の合意が必須事項だ。
時々勘違いしている者がいたりするのである。
普通に道を歩いていただけなのに、通りすがりの見知らぬ男がラリマーの姿を見て理性をかなぐり捨て、欲しいんだろ?と不要なブツで気を引こうとする、なんて事はもう慣れっこだ。
ただ“その時”ばかりはイレギュラーだった。
――もはや鋼の如く精神を鍛え上げられた彼女でさえも後ずさりするような、まるで品のない巨漢が現れたのは。
そういう男は忘れたい過去を思い出させる。
いくら大枚はたかれてもこういう男の相手だけは避けてきた。
大抵こういう男は、せっかく綺麗に磨いた宝石を汚してしまうものなのだ。
適当に言い訳をして逃げ出そうとした彼女の腕を乱暴に引っ掴み、人気のない場所に連れて行こうと無理矢理引っ張る。
激昂して鋭い靴先で男の急所を蹴り上げると、暴走気味に怒り狂った男はその場で彼女の服と髪を引っ張る。
痛い、痛い、放して!と悲鳴を上げたその時、銃声と共に目の前の野獣の眉間が後ろから貫通して血を吹いた。
どれだけの経験を積めば、たった1度の機会に暴れる猛獣の弱点を貫けるのだろう。
倒れたその男の向こうに、黒い銃口をこちらに向けているメノウがいた。
ラリマー自身も混乱していたが、あの仏頂面で無関心そうな男が明確な殺意を持って銃を構えていた。
ゆっくりとこちらに歩いて来るが、銃口は倒れる男の身体に向いたまま。
やがてその男が事切れている事を確認すると、ようやく無表情に切り替えた。
「大丈夫か?」
しつこく聞こうと粘っていた声が自ら発せられ、ラリマーはただコクコクと頷くばかり。
そうか、と短く呟くと、彼はそっぽを向く。
何故そんな事をするのかと自分の姿を見返した彼女は、火が付いたように赤面して衣服を整えた。
おかしい。こんな身体、もう数えるのを諦めたほどの人数に見せてきたというのに。
この人には見せたくない、と本能が告げている。
ギルドまで彼に送り届けてもらった後、ようやく落ち着いた態度で改めて彼に礼を言う。
その流れで、下心なしに、彼に感謝したいから少し時間をくれるように言ってみると、意外にも彼はすんなり頷いてくれた。
ギルドは何かと喧しい。邪魔の入らない場所で彼に向き合いたいと、ギルドの外にある酒場へ移動した。
金は持つ、と言ったのだが、遠慮なのか、彼は酒すら頼まず安い茶だけを注文した。
改めて向き合ってみると、メノウはラリマーとそこまで年の差がないような見た目だった。
見た感じだと成人したてというくらいだろうか。試しに聞いてみると、案の定彼は18歳だと答えた。
かなり落ち着いた物腰で、もしかしたら何らかの教養さえも身に付けているかもしれない。
その場でようやく彼の事を少しだけ知る事になる。
ギルドには気が向いた時に不定期で訪れている。大体3日に1度くらい。
近くに家があるため、あまり夜更けまではギルドや酒場に入り浸らない主義。
とりあえず大金が稼げるのなら仕事内容は何でもいい。
本当に聞きたかったのは彼が傭兵になった理由なのだが、今はまだそれを聞ける段階ではないとラリマーは悟る。
「どうしてさっき私を助けようとしたの?
あなた、どっちかというと私の事キライでしょ?」
若干皮肉交じりに尋ねると、彼はきょとんとした。
曰く、女性が危険だったのだから助けないわけがない、と。
もしもその場にいたのが彼ではなく別の男だったら、ラリマーは過去の記憶に泣かされていたかもしれない。
高い女がその辺のゴロツキに辱められるのを面白がって見る連中だっているだろう。
そう、メノウがまだここへ来て日が浅い事が幸いしたのだ。
彼はラリマーが欲に溺れたどうしようもない女である事を知らなかったのだ。
というよりも、そもそも興味がなかったのかもしれないが。
そろそろ帰る、とメノウは立ち上がる。
彼との時間は1時間にも満たなかったが、ラリマーの人生の中でこれほど落ち着いた時間はなかった。
もう行ってしまうのか、と残念に思う気持ちが隠せていなかったのか、彼は去り際にコインをばらまく。
「奢りはまたそのうち。高い酒でも請求する。覚悟しとけや」
それじゃ、と去っていく後ろ姿。
ラリマーは目の前に散らばるお茶の代金を呆然と見つめる。
そうしてから、笑いが止まらなくなった。
不器用で、でもちょっと優しい人。
惚れないわけがないじゃないか。
-07-
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