人生の分岐点となったのは、アンリが10歳になった年だ。
相変わらず父親といがみ合いながら畑を耕していた彼だが、やはり幼少の頃からの知識欲は健在だった。
母に黙って買ったという父の愛書をめざとく見つけ、寝食を忘れて読みふける毎日。
父子揃って母の怒声に委縮していたが、それでもこの日課は続く。蛙の子は蛙、とはよく言ったものだ。
そんな当たり前の日々を変えたのは、父親その人だった。
かねてより趣味の副産物として多くの書物を世に出しては空振りに終わっていた彼の本が、あろうことか空前のヒットをかましたのである。
それは特別高尚なものではない。ただ単に、時々集落に訪れる旅人から聞いた摩訶不思議な話をまとめただけの代物だ。
真実かどうかは証明できない眉唾ものの話だが、どういう訳か、当時の若者を中心に話題となったのだ。
今まで細々と自前の畑を弄っていただけの農夫が、その畑を売り飛ばして手に入れられる金額をはるかに超えた大金を物にしたのだ。
しかし先祖代々この寂れた集落で暮らしてきた一家にはその大金の使い道が思いつかない。
とりあえず張本人の父は好きな本を気持ちよく買い漁り、書斎の増築を進める。
家に本が増えるのはアンリにとっても嬉しい事。以前にも増して夢中になっていく。
今後の懐事情に不安がなくなった事で、両親は大分丸い性格に落ち着く。
幼い頃から花嫁修業を仕込まれていたアンリの姉ローディなど、逆玉の輿目当てで求婚が相次ぐ。
一変ベストセラー作家となった父を見る集落の住人は、この一家を大名か何かのように祀り上げた。
急に煩くなってきた外野に嫌気が差すのも無理はないのかもしれない。
本に埋もれる日々を過ごしていたある日、アンリは父親にある提案をする。
どうせなら本格的に学問を学びたい。だから学校に行きたい、と。
毎日にうんざりしていたローディも弟の提案に便乗した。
すでに農夫から作家へと重きを置いていた父はそれを許し、姉弟は晴れて学生になる未来が切り開けたのである。
世間一般の子供達とは知識量がまるで異なるアンリと、そんな弟を可愛がっていたローディは、難なく名門校の入学試験を突破する。
いよいよ姉弟は故郷を出て、誰もが憧れる魔法学校――青の国の学校に編入する事になった。
姉弟の学力は秀でており、幼いながらも中等科へと配属される。
そこは主に10代後半の生徒が学ぶクラスであり、弱冠10歳と15歳の編入生はすぐに話題になる。
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