白の国と赤の国の境界に位置する小さな集落。
名目上は白の国の領地だが、赤の国から吹き込む乾燥した空気の影響か、あまり雪が降らない。
土地は痩せており、岩肌がゴツゴツと隆起している。
何故こんな場所に集落があるのかは誰も知らない。住んでいる人々でさえも。

ここに住む人達は少々変わった文化を持っており、世間一般の5ヶ国と称する土地の文化のどれにも当てはまらない。
どことなく原始的な茅葺き屋根の建物と、あまり目立つわけではない古典的な雰囲気の服装。
その服装は何と称するかはわからないが、当人らは『キモノ』だの『ユカタ』だの、あまり聞き慣れない言葉でそれを呼んでいる。

石と砂ばかりで栄養に劣るカラカラの土を耕しながら、寒さと乾燥に強い野菜や、家畜の餌となる草をせっせと育てている。
素朴な集落に住む人々は互いの繋がりが強く、誰かがヘマをすれば半日後には噂が広まっているほど。
学び舎もないこの集落は、子供の頃から各々の家業を手伝って育つ。
男児は畑を耕し家畜を育て、女児は衣服を織り料理を極め、やがて嫁いでいく。
生まれた時から決まっているような人生を、教え通りに黙々と生きていく人々。

今から20数年前に生まれた“その子”も、本来ならばその敷かれたレールの上で人生を全うするはずだった。





集落の中では中堅といった規模の畑を持つ一家に待望の男児が生まれたのは、遅い春を感じさせる季節。
その家には先に女児が生まれており、男児の誕生を待ちわびていた。
息子とは5つほど年の離れた長女は、幼いながらもすでに母親の施しで厨房に立っている。
そんな幼子に包丁を握らせているのかと目くじらを立てる者もいそうだが、長女は物覚えが良く、とても賢い。
近所付き合いではよく羨ましがられる、自慢の娘だ。

一方息子に家業を継がせる時が待ち遠しいと胸を躍らせる父親は、毎日のように日記の中で息子の成長をつぶさに記録していた。
元よりその父親は、文字をしたためる事を趣味にしていた。
それは些細な日常風景であったり、空想の世界であったり。
同時に本の虫でもあり、山のように書籍を買ってきては妻に叱られる日々だ。
決して裕福な家庭ではない、ぎりぎりで人並みの生活を送っているような、そんな経済状況なのだから。
時々自信作が出来たと浮き足立って自費出版などにも励んでいたが、ことごとく外した。



息子が5つになり、そろそろクワの1つでも握らせてみようかと考えていた頃。
当の息子は、父親が集めた書籍を興味深そうにいつも見ていた。
一度父親の書斎に入ると数時間は居座ってしまうので、仕方なく抱えるように畑に連れて行きクワを持たせる。
不服そうな顔をする息子は、父親に逆らっては拳で頭を叩かれていた。

やりたくもない畑作業をやらされ、息子は年々反抗的な態度になってくる。
果たして、この子は生まれてこの方笑顔を見せた事があっただろうか・・・と両親は頭を抱えていた。



――これが、後に高名となる錬金術士アンリ・シュタインの幼少期だ。

-01-


Next≫


[Top]




Copyright (C) Hikaze All Rights Reserved