あんなに幸せな日々を過ごせていたのに、グレンの息子は臥せってしまった。
いつでも笑顔を忘れなかったフォシルさえも段々と表情が沈んでいき、甲斐甲斐しく息子の看病をしながらも、息子が眠った後に涙をこらえている事も多かった。

もし自分が昔のまま黒の国の機関にいたら、特効薬の1つや2つは開発できていたかもしれない・・・――
そう悔やんだ事もあるが、その未来にはフォシルも息子もいないだろう。
グレンはとにかく、出来得る限り働いて、息子の治療費を捻出する事だけを糧とした。
息子を救えるのなら、と借金を背負う事にも躊躇いはなかった。





しかし病状は悪化の一途、いよいよ息子は寝たきりになってしまった。
不安と絶望で押しつぶされそうなフォシルの肩を抱き、グレンは息子を救える可能性のある、ありとあらゆる方法を探った。
だが、かつての旧友を頼ろうと会いに行ってみれば、今の状況のせいか他に何かがあったのか、当時の面影がないほどに冷たい人格に成り果てているのを目の当たりにさせられただけ。
グレンの古巣である黒の国の医療機関も、毎日想定外の数の患者に押し寄せられて、機能がほとんど停止していた。
もう他に賭けられるものがない。
諦めかけていたグレンの脳裏に過ったのは、その身を捧げるほどの強硬手段。





帰宅するなり書斎にこもったグレンを心配したフォシルだが、夫が何をしようとしているのか理解する知能がない。
彼は分厚い書物を手に、おもむろに床に模様を描き始める。
その行為だけは知っていた。これは魔法陣だ。かつて夫に教わった教科書に綴られていた、何かを召喚するための台座となる図。
こんな時に何をしようとしているのかはさっぱりだが、グレンを信じるフォシルはその成り行きを静かに見守っていた。

――何度でも言う。悪魔と関わった者は不幸になるのだと。

そのすべての代償を背負ってまで、彼は何を願うのか。
それが彼の人生が破綻する扉だと知っていて尚、開いてしまうのか――・・・

-07-


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