その昔、悪魔に魂を売った男がいた。
それ自体は然したる問題でもない。古来より、それこそ有史以前から、悪魔とヒトとの奇妙な関係は続いていたのだ。
これは、そんな数多の道化じみた物語の中でも特に滑稽な、大賢者の話。





まず、“悪魔”と呼ばれるモノの事を綴ろう。

ヤツらはもちろんヒトではない。
ヒトの皮を被った精神体の事だ。

この世界で生きるもの全ての命は、多少の差はあれど魔力を持っている。
魔力とは、普段は目に見えない、オーラのようなもの。
花を咲かせて蝶を誘う仕組みも、渡り鳥達が故郷を忘れないのも、魔力という標があるからだと言う。

そんな魔力が、なんのイタズラか、一点に寄り集まり塊となって視認できる存在になる事がある。
これが即ち悪魔の誕生、――悪魔は、魔力という不可思議な力で出来上がった人形なのだ。

ただの人形ならそれ以上の価値もない。
ところがこの悪魔というものは、ヒトがヒトとして歴史を刻む前よりもずっと前から存在し、生まれたての人類が紡ぐ歴史を面白おかしく眺めているのだ。
ほんの気紛れな干渉で、一個人の人生を狂わす象徴でもある。
この傍迷惑な観客は、ある時はヒトを助け、ある時はヒトを破滅に導き、ある時はヒトと恋に落ちる。
一体誰がそんな存在を歓迎するというのだろう。
しかし、ヤツらは時としてヒトからの呼びかけに応える事がある。
そう、いるのだ。ヤツらを利用しようと目論む連中が。



悪魔と関わると不幸になる――・・・

それはヒトならば本能的に心得ている言い伝え。
確かに、悪魔とは膨大な魔力の塊。手に出来れば天地を揺るがすほどの野望でさえ叶ってしまうかもしれない。
ところがその強大な見返りの代わりに捧げる代償は大きい。
悪魔が思わず飛びつくような大きさの魔力で呼び寄せ、その後も悪魔を傍に従える魔力を常時渡し続け、ヒトの目線では計り知れない悪魔自身の未知なる機嫌も取り続ける。
異端だと糾弾される苦しみを物ともしない精神力、孤高であり続ける覚悟。
代償に耐えかねて命を捨てた者も、あるいは奪われた者も、歴史の闇に消えた事実の中には確かに存在する。

それでもなお、求めるモノがあるのなら。

術士達は呼ぶのだ。
遠い光を手にするために、わざわざ闇へと堕ちていく。
これが滑稽と言わずになんと言おうか。


地の底まで落ちた“彼”は、後にそう語るのだ。


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