少し前、コーネルが15歳くらいの時から、あんなに足繁くやってきていたジストがぱったりと来なくなった。
というのも、アメシスが大病を患い寝たきりになってしまい、息子であり次期王であるジストがアメシスの代理で国事を担い始めたからだ。
他国の訪問から国民への対応まで、まだ幼さを残すジストが1人でこなし、まるで遊びに出る時間がなくなってしまったらしい。
とはいえそうなってもコーネルとの間柄は良好で、月に1度は互いに文通をして他愛のない時間を共有していた。

子供の頃はやんちゃの権化のような少年だったジストは、今はもうすでにいつ戴冠しても問題のない立派な王子となっていた。
ジストはいつでもコーネルの先を行っている。剣にしても、王子としても。
もちろんいつまで経っても追いつけないもどかしさに苛立つ事もあったが、自分と同じ目線で言葉を交わしてくれるジストの存在が日増しに大きくなっていくのを感じていた。
塞ぎ込むリシアをどうしたらいいかという悩みも、ジスト以外には打ち明けられなかった。



――まずは、祝おう。おめでとう。

返事はその一筆から始まる。
ジストにとっても、リシアは姉のような存在。良縁があった事を手放しで喜ぶ。
そして要の部分には穏やかな言葉が綴られている。

――リシアはきっと、誰かから差し伸べられる手を待っている。
その手は君だ。他でもない、君1人だ。

それが意味するところはよくわからないが、手紙を読み切った次の瞬間には姉の部屋の前に立っていた。





迎えたリシアは見る影もなくやつれ、沈んだ暗い顔をしていた。
生まれ育った城を巣立つ時が決まったのが悲しいのか、と聞けば、首を横に振る。

「いつかはこの日が来るって、覚悟はしていたわ。
だから、それについては何も不満はないの。不安はあるけれど」

明かりもついていない部屋で紅茶を口に運びながら、リシアは膝を抱える。
では別の理由は、と尋ねると、膝に顔を埋めて嗚咽を漏らす。

「ずっと好きだったの。騎士団長のスタグレー。
ずっとよ。彼がここに配属されてから何年も、ずっと」

青の国、そして王族の直属である騎士団を統括する青年の名前が口にされたのだった。
その彼は、つい先日、この城でメイドをしている女性と結婚したばかりだ。
そう言う事か、とコーネルは納得する。
だがリシアの涙はただの失恋だけではないようだった。

「私、本当は諦めたくなかった。でも政略婚が決まったから、見切りつけなきゃって。
スタグレーは今の奥さんの事がずっと好きだったって聞いていたわ。どの道叶わない恋だったの。
だから、私も彼を諦めるために、あの子との仲を取り持ってあげたのよ。
上手くいったみたいで、本当によかった。
でも、私がずっと抱えていたこの気持ち、どこへぶつけていいかわからなくて」

色恋沙汰はよくわからない。
それでも、リシアは昔から自分より他人を気遣う心の持ち主だった。
身を以てそれを知るコーネルは、一概にバカだと罵る事もできず、そうか、とだけ呟く。

「ごめんね。ヘンな話聞かせて。
ていうか、あんたがわざわざ話聞いてくれるなんて思ってなかった。
・・・ありがとね」

次の日からはまたピアノの音が聞こえるようになった。
それは、かつて王妃が初めてコーネルに教えてくれた一曲。
偏屈な礼のつもりだろうか。開いた窓からこちらへ音が送られてくるよう。
やがてはあの窓は締めたきりになり、いつかは城に自分1人だけになる日が来るだろう。

キリのない書類の山を眺め、コーネルは溜息を漏らす。


-07-


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