ある日の事。
ラズワルドは未だかつてないほど嬉しそうな顔をしていた。
朝一番の稽古を終えて湯を浴びてきたコーネルが執務室に呼び出され、その原因を知らされる。
――姉リシアの婚約相手が決まった、という話だった。



その相手は、この世界で最も権力のある超大国、白の国アルマツィアの皇族だった。
先日そこの第三皇子が成人を迎え、彼の父である教皇が本格的に息子の妃となる女性を探し始めたところ、白羽の矢が立ったのがリシアだというのだ。
内陸に位置する白の国がどうしても弱い海を利用した文化を味方につけたいと考えた末にたどり着いたのが青の国の力だ。
かねてより才色兼備、文武両道な王女リシアの噂は届いており、ぜひ検討願えないかという通達がきたらしい。

もうリシアも20歳になる。ラズワルドも娘の相手を探していたところに、そんな持ちかけがあったのだから手放しで飛びつく他はない。
教皇アルマス9世とラズワルドの間で縁談はトントン拍子に進み、双方が大満足の政略婚が生まれたというわけだ。



ずっと自分の傍らにいて何かと世話を焼いていたリシアがいなくなる。
最近は煩わしいと思う気持ちの方が勝っていたが、いざその話を聞くと返答に困る。
いや、頷く以外にはないのだが、実感のなかった将来像が少しずつ近づいているのだと否が応にも悟る。
盲目的に剣の腕を磨いていたが、リシアがそろそろ他国へ嫁ぐ日が近い今、コーネルが国王として即位する未来もそう遠くない。
振り返れば、肉体は見違えたが知識はまるでない。文字を見つめているのが苦手だったからだ。
だがもうそうは言っていられない。
渋々と、彼はその日から勉学にも励むようになり、ラズワルドがやるまでもない雑務の書類整理を引き受ける事になった。




毎日聞こえていたピアノの音色がいつの間にか聞こえなくなり、書類を捌く傍らでコーネルはふと窓の向こうを見つめる。
向かいにある姉の部屋の窓はカーテンが閉め切られ、そこにいるはずのリシアは最近ずっと部屋から出てこない。
鬱陶しい程に世話焼きだった姉がここまでしんと静まるのは今まで経験のない状況だった。
その時のコーネルは無意識だったが、気付けばペンをとり、隣国へ向けた手紙をしたためていた。



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