執務室で頬杖をつくコーネルが、ペンを弄ぶ。
親指には、かつて父がつけていた指輪が煌めいていた。



「陛下、コーネル陛下、そろそろお支度を。
これから謁見のお時間です」

「・・・ん?
そんな予定、あったか?」

「な、なんと?!
さてはグレーダの奴、また仕事をほったらかして・・・!!」

執事は慌てて部下の失態を糾弾する。
主を怒らせたら、一体どうなるか・・・――

「で、誰が来るんだ?」

「は、はい。カイヤと名乗る魔法学校所属の女性です」

「ほう」

予想外に冷静な返しに執事は拍子抜けする。

「丁度いい。雑務に飽きていたところだ。客間に通しておけ。
・・・そいつは1人か?」

「はい。特にお連れ様はいらっしゃらないようで」

「・・・そうか」

コーネルはインク入れにペンを突っ込み、立ち上がる。
少し伸びた橙の鮮やかな髪が流れた。





「あっ!
王子・・・じゃ、なかった。陛下、お久しぶりです」

客間にいたのは、最後に会った日から随分と身長が伸びたカイヤの姿。
青い髪は長くなり、女子生徒らしい制服に身を包んでいる。

「なんだ、何しに来た?」

「相変わらずみたいで安心しました。
ちょっと、その、気になる事があって、お伺いに」

「はっ。雑談で俺を訪ねてくるなど、お前くらいなものだ。小娘。
・・・小娘? という見てくれでもないか、もう」

「いい加減名前で呼んでくださいよ、もう」

お互いにソファへ向き合って座ると、カイヤは身を乗り出した。

「聞きましたよ! ミストルテインの話!!
もうすぐ国王の婚姻の儀式らしいじゃないですか!!」

「あぁ、そうらしいな」

「えぇっ、反応薄っ!!
で、でも、ヘンじゃないですか?!
新しい緑の国の王、“ジスト”って名乗っているって。一体誰が・・・」

「・・・そんなもの、“あいつ”としか考えられないだろう」

「や、やっぱり・・・」

去ったはずの人物の名を背負う“誰か”。
もしもそれを貫ける人物がいたとしたら・・・――

「アクイラ王妃になるユーディアさん。少し気になる事があって。
“あの日”以前の記憶が曖昧、というか、なんというか。
うちの学校で彼女の診察を引き受けたんですけど、どうやら記憶障害が出ているみたいなんです」

「・・・本人は何と?」

「え? いえ、特に・・・。
もうすぐ大好きな人と結婚するって、むしろ幸せそうというか」

「なら、それでいいだろう。思い出す必要もない。
・・・あんな地獄のような光景、忘れられるものなら忘れた方がいい。
他人が変に手を出す話でもないだろう」

「そっか。そうなのかな。じゃあ、こちらからは特に何もしないようにしておきます。
彼女が自ら求めてこない限りは・・・」

ずず、とお茶を一口。

「あっ、そうだ。
ボクね、もうすぐ博士課程なんです。ボクも博士になるんですよ!」

「そうか。俺にはその価値がよくわからないが、まぁいいんじゃないか」

「ひ、ひどっ!!
・・・へへ。なんかホッとしました。時々あの旅が夢だったんじゃないかって思ってしまうもので。
アナタとこうやって話すと、なんか実感できます」

「俺とて以前ほど暇ではないんだぞ。
お前はいいのか? あの賢者の面倒は」

「あぁ。博士ですか。
今もぐっすり眠ったままです。いいご身分ですよね」

カイヤは伏し目がちに呟く。

「どうやったら助けられるのか、さっぱり。
ボクの知らない博士の過去に、鍵になるものがあるような気がするんですけど・・・
そう都合よく、時間を遡ったり世界を渡ったりは、できないものですよね」

半ば自身に言い聞かせるような、そんな彼女の話。
コーネルは黙って聞いていた。

「・・・すみません、忙しいのに。
ボクそろそろ帰りますね。あぁそうだ、もう1つ」

お茶を飲み干して立ち上がった彼女は笑う。

「実は今日から可愛い後輩ができるんですよ。
ハイネさんっていうんですけどね! ふふっ。
それじゃあまた!」

溌剌と客間を飛び出していったカイヤを、コーネルは苦笑しつつ見送った。



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