黒い身体が解き放つ炎は微塵の慈悲もなくジスト達に襲い掛かる。
永久凍土のようなこの霊峰の地でさえ、邪悪な炎が爪痕を残す。

ここは世界で一番高い場所。
今人里を襲っている魔物の大群がここに到達したとしたら、眼下の地上は全て破壊された後という事になる。
その時を迎え入れるために、リアンはこの場所を選んだのだろうか。



――思い出せ。あの力を。かつて私の命を救い続けてくれていたあの剣を。

ジストは体の芯に焼き付けていた光景を体現する。
それは模倣であり、幻覚のようなもの。
この世界ではマボロシと呼ばれた気質の魔法を使いこなす。



――かつては追いかけていた存在だった。それが今、共に肩を並べて戦っている。

勇敢に剣を振るう友の力の傍から畳み掛けるように放つ自分の力。
絶対にこいつは負けない。ここはお前が生きる歴史。
ほんのちょっとでもいい、その時間が少しでも長くできたなら。

愚かだと切り捨てた自分の本当の心。
それでも、やっぱり“あいつ”は俺と同じで。
それなら、こいつを見届ける間くらいは、俺の中にいてもいい。



――俺だって、正義ってものに憧れていたのさ。ずっとずっと。

何のためだったかわからない人生だったから。
たまには誰かの役に立ったっていいじゃない。
それが世界のためだなんて言ったら、あの頃の俺は笑うかもしれないけど。
青っぽい、バカ正直な旅路。今の俺は嫌いじゃないよ。



――この祈りが実を結ぶのなら。私はこの身を捧げてでも祈り続けましょう。

大切な人がたくさんいる。知らなかった事もたくさんある。
閉ざされた世界から外に出た私は、あの人のために生きようと思った。
偶然が運んだ奇跡。太陽のような眩しい人と出会ったあの日。
その光が翳らないように、私はずっと祈り続けます。



――どうしようもなく、最後まで自分のためだ。

それでも、ボクにしかできない事で、あの人を助けられるなら。
まぁそれはそれでいいかな、と思うんです。
何だかんだで、ここまで来れたのはあの人のおかげ。
子供だった自分が、一番大好きな人を救える可能性を生み出せただけでも、ここまでの道は生涯忘れないでしょう。





「カルセ、聞こえるかカルセ?! カルセドニー!!
目を覚ましてくれ!!」

刃のような牙が襲いかかり、禍々しい爪が身を裂こうとする。
尾に打たれれば冷たい地面に転がり、巨大な翼が仰げば吹き飛ばされる。
その度にジスト達は起き上がる。何度倒れても立ち上がる。

この巨体を維持するために魔力を注ぎ続けるリアンも、いよいよ息を切らせ始めた。

「上々ですよ、姫様。
私が今までかき集めてきた魔力も、そろそろ底が見えてきました・・・っ!」

ぷつ、と何かが切れたかのように、リアンの口元に血が流れる。
自分以外のモノを駒とする事に長けていた彼がここまでするというのなら、譲れない矜持がそこにはあるのだろう。

「おのれ、カルセドニー・・・!
貴様、この俺に牙を向けるとは何事か!!
覚えていろ、俺が王になった暁には国単位で金を吹っかけてやる・・・!!」

「カルセさん、負けないで!!
あなたはあなたなのだから!!
私達の、大切な、仲間なのですから・・・!!」

「そーだそーだ!! 酷いぞカルセ!!
こうなったら徹底的に助けちゃうんだからね!!
戻ってきたらモノマネ百発の刑に処すぞ!!」

「もう! アンバーさんはもうちょっとマトモな呼びかけができないんですか!!
カルセドニーさん!! あんなに姫様を心配してたのに、こんなんでいいんですかっ?!
そんなよくわかんない魔物を受け入れるなんて、それは優しさじゃないですっ!!」

呼んでいる、呼んでいる。
皆が誰かを呼んでいる。
呼んでいる。
誰を?



――“僕”を?



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