「あぁ・・・う・・・ぁ・・・」

声にならない声を絞り出すユーディアがいた。
彼女の脚となる車椅子はその場にはなく、ただそこに座って、この世のものとは思えないほどの悲鳴を零している。

「ユーディア?!」

名を呼ばれてふらふらと顔を上げた彼女は、目を見開く。

「い、やぁ・・・
だめです、こないで、こっちに・・・、みなさん、だけは、どうか・・・」

出しうる限りの涙を流し尽くしたような彼女の口元に、赤い筋が伝っている。
一体彼女に何があったのかと慌てて駆け寄ろうとすると、思わず口を押さえる衝撃が転がっていた。

ユーディアの傍で山を作っているもの、それはすべてフロームンドの住人だった。
全員等しく胸元をくり抜かれ、恐怖と絶望の表情を浮かべたまま事切れている。
数多の住人の遺体の間に、あの公爵と夫人の変わり果てた姿もあった。

「な、なにを、・・・どういう・・・」

「おや。ちょうどいいところに。
ははは。私の見積もりが甘くて、人数が足りなくなっていたところだったんですよ」

無残な住人達の山の陰から現れたのは・・・――

「・・・君がやったのか。“リアン”」

彼は微笑んでいた。





「まだまだいけそうですか、ユーディア嬢?」

その微笑みは冷え切っている。
ユーディアはリアンに縋りついた。

「もう、もうやめてください・・・!
どうかこのユーディアの命と引き換えに、あの人達は助けて・・・!」

「駄目ですよ。貴女の力を最大限に引き出すまでは殺せません」

“狂っている”。
誰もがそう確信した。

「・・・ユーディアに、何したの・・・」

聞いた事もない憎悪の声がした。
振り返れば、それはカルセの声だと気付かされる。

「か、カルセさん・・・!!
だめ、その人は・・・!!」

「何したの」

彼はリアンに詰め寄る。

「おやおや。面白い表情をなさるようになったようで。
簡単な事です。彼女の目の前で1人ずつ心臓を抜かせていただきました。
1人、また1人と死にゆく様を見つめるのです。最後にはご両親を。
ほら、あんなに光り輝いている。オワリの光がね」

暗雲の中の赤い光。
絶望を示す、世界の亀裂。

「私の目的は、もうお察しでしょう?
なのでこれから“大掃除”をしようと。
“新居”は綺麗にしておきませんとね」

「貴様!! 殺す!!!!!」

ガッ、とリアンの首に手をかけるカルセ。

「待て、カルセ!!
その男は・・・!!」

「あぁ、いいですよ姫様。そのまま、そのまま。
都合がいいのでね」

リアンは手元から何かを外す。
――指輪だ。

「逃げ出した貴方を泳がせていたのは、何も見逃していたわけではないのです。
いいえ、違いますね。檻からわざと猛獣を解き放ったのは紛れもなくこの私。
囚われた世界だけでは足りなかったのですよ。貴方を“目覚めさせる”にはね」

外した指輪を持つ手が奈落へと伸びる。

「待て、リアン、それは――・・・!!!」

小さな指輪は奈落へと落ちて行った。




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