ヘルギの街に到着した頃には夕方になっていた。

着いたその足でジストは2通の手紙を届けに向かう。
彼の遺品である指輪はハイネの手紙に添える事にした。
何も知らない配達係は快くそれを受け取り、夕闇の中でそれぞれの宛先へと消えていく。



宿屋で一泊し、朝からアルカディア邸へと向かった。
忽然と人々が消えたフロームンドの事を知っているのかいないのかは定かではないが、この街はいつも通りの日常を送っている。
アルカディア邸の門でチャイムを鳴らすと、屋敷の使用人が顔を出した。
ジストの顔を見るなり、何かを察したかのようにすんなりと中へ通される。
以前訪れた際は先代のために喪に服していたが、今は元通りだ。
奥の部屋からロシェが顔を出す。

「そろそろいらっしゃるかと思っていましたのよ、ジスト様。
・・・あら、メノウは?」

そうだ。彼女も彼の古い顔馴染みだ。
躊躇いがちに真実を告げると、そう、とロシェは静かに受け入れた。

「不思議ですわ。彼が命を張る相手なんて、奥さんと娘さんくらいなものかと思っていましたのに。
なんだかんだでいい男でしたわ。彼に守られたその身体、大事になさって?」

彼女は多くの傭兵達を束ねていた長だ。
自らが抱える傭兵が命を落とす様を何度も見てきたのだろう。
取り乱す事もなく、そっと目を閉じて哀悼する。



客間で茶を出される。
その場の全員にそれが行き渡った頃合いを見計らい、ジストは口を開く。

「・・・それで、君は先程、まるで私がここへ来るのを予想していたかのような口ぶりだったな?」

「えぇそう。フロームンドの件でいらしたのでしょう?」

「君は何か知っているのか?!」

ロシェは珍しく苦々しい顔を浮かべた。

「わたくし貴方がいらっしゃるのを待ってましたのよ。
・・・向こうにご息女がいらしたでしょう? ユーディア嬢が。
彼女、数週間前に誘拐されたそうなの」

「「誘拐?!」」

ロシェ以外の皆の声が思わず重なる。

「ど、どういう事だ?!
少なくともフリューゲル公達に何かある以前は、それこそ数日前は、ユーディアは臥せっていると手紙で・・・」

「絶句ですわ。なんて公爵なの。
それはつまり、ジスト様の許婚であるユーディア嬢が悪党に誘拐されたという失態を隠していたという事だわ。
そういう事でしたの。貴方の事だから、ユーディア嬢が攫われたなんて話を聞いたら地の果てからでもすぐに駆けつけると思っていましたのよ。
道理でいらっしゃるのが遅いと思った。騙されていたのだわ」

「こ、こうしてはいられない。すぐに救いにいかねば・・・!」

「ちょっと、まだお話は途中ですわよ。
相変わらずそそっかしい方ですこと」

コン、とカップが音を立てて置かれる。

「その当時、フリューゲル公はすぐにわたくしのところへ通達を寄越しましたの。恥を忍んで娘の捜索を手伝えとの懇願。
わたくし現フリューゲル公爵はそこら辺のゴミクズより価値がないと思ってますけど、ご息女は別。罪のない無垢なお子様ですもの。
ですから、ご息女のご成婚でアクイラ王家から入る祝い金を全額このアルカディア家に渡す事を条件に承諾しましたわ。
とはいっても、わたくしの顔が通じる範囲で捜索しても収穫なし。
仕方ないので馬鹿兄貴に話を振ったら、あの男、シッポ掴んできましたのよ」

グレンの快挙を褒めるべきか、ジストの知らないところで動いていた王家の金の話を突っ込むべきか、一瞬迷う。

「専門家の間では“魔境”と呼ばれている場所。そこに未だかつてないほど魔力を感じると。
わたくしそれを聞いてもふざけてるのかしらこのクソ種馬は、としか思えなかったのだけれど、貴方にそれを話せば通じるだろうと。
嫌ですわ、このわたくしが蚊帳の外だなんて」

「魔境・・・」

いよいよ大きな“何か”が起きようとしている。
その先にいるのは、間違いなく“あの男”だ。

ロシェの話は続く。

「それで、ここからはわたくしも何が何だか、なのですけれど。
・・・馬鹿兄貴がその話を持ってきた先日、フロームンドから“人が消えた”と」

「そ、それだ!
私もこの目で見てきた。荒らされた形跡はなく、人間だけがごっそりいなくなってしまったのだ。
あのフリューゲル公本人の姿さえも確認できなかった」

「あぁ、やっぱりご本人も消えてしまったのね。ぱったりと連絡が付かなくなったものだから。
わたくし達も詳しくはわからなかったのだけど、1つだけ、重要かつ奇妙な話を拾いましたのよ」


――ある日、住人がぞろぞろと列をなして歩いていたという、不気味な光景。


「住人自らがどこかへ・・・?」

「行き先はわかりませんわ。無事かどうかもわからない。
わたくし達が把握しているのはここまでですの」

片や婚約者の誘拐、片や大量の行方不明。
聞いているだけでも心が疲弊してくる。

「・・・魔境へ向かおう。
話をありがとう、ロシェ」

「まぁ、貴方以外に話せる方がいなかったまでなのだけれど」

ロシェは立ち上がったジストを座ったまま見上げる。

「未来なんて、どうなるものかわからないものですわね。
あんなに世間知らずだった坊やに頼る事になんて」

「そうさ。未来はまだわからない。
・・・決まった未来など、この世界には不要だ」

ジストは仲間達を引き連れてアルカディア邸を後にする。





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