ジストの右手に、4つの王家の指輪が再び宿る。
決意するようにぎゅっと拳を握ると、彼女は振り返った。
その顔に、もう迷いはない。
「改めてここに示そう。
私は立ち止まらない。この先何が待ち受けていようとも、絶対だ。
救われたこの命、必ずやこの世界のために使ってみせる」
彼女の心の内はコーネルしか知らない。
どんな葛藤を経て今ここに立っているのか。
少し腫れた彼女の目元から、一夜のめまぐるしい想いを察するより他はない。
「まずヘルギの街へ向かう。
フリューゲル家と犬猿のアルカディア家とはいえ、曲がりなりにも二大貴族の片翼だ。フロームンドの異常も何か心当たりがあるかもしれない。
ユーディア達が心配だ。出来るだけ急ごう」
はっきりと示されたこの先の道。
そんなジストを見て、仲間達も一旦気持ちに整理をつける。
「・・・こうなったらとことんやってやりますよ。
皆さん、飛空艇に乗ってください!
すぐに出発します!」
カイヤが操る飛空艇は空へと舞い上がり、王都の姿が遠ざかっていく。
ジストは目に焼き付けるようにその光景を見つめていた。
美しい都、育まれてきた日々、――大切なものが奪われた場所。
ヘルギの街へ向かう間、ジストは個室区画に立ち寄る。
荷物を整えようと自室に戻ってきたのだが、ふと、隣の部屋を見る。
そこを使っていた彼はもういない。
わかってはいるのだが、その扉を開けずにはいられなかった。
彼の私物の1つでも転がっていたら、と思ってはみたが、まるでいつでも去れるようにしていたとばかりに何もない。
ゆっくり室内を歩き、彼の痕跡を探す。
「なあんだ。やっぱりまだ無理してるんじゃない」
後ろから声がする。
驚いて振り返ると、アンバーが立っていた。
彼は締め忘れられていた扉の淵をコンコンと叩く。
「無理をしている?」
「もう少し心を落ち着ける時間があってもいいんじゃない?
君、無理しすぎ」
彼は扉を締めてこちらへ歩み寄ってくる。
この男はいつも口元を緩めている。
こんな時でさえも。
「傭兵とは使い捨ての駒である。
世の常識、特に貴族にとってはね。
そんな駒をちゃんと大切にしてあげられる主はそうそういないものさ」
「ふっ。励ましているのかね?」
「ま、そういうこと。
そういう主人を守って逝けたのなら傭兵冥利に尽きる、ってね。
ジスト、君が君自身を責める必要はなーんにもないのさ。
あの人もたぶん、うっすらこうなる事を感じてたんだろうよ」
彼は机を指差す。
「引き出し。開けてみなよそこ」
言われた通りにジストが机の引き出しを開けてみると、封筒が3つ入っていた。
宛名にはそれぞれ、ハイネとラリマー、そしてジストの名が綴られている。
裏返すと、差出人の名前はもちろん“彼”だ。
「こ、これは・・・?
アンバー、どうして知って・・・?!」
「や、偶然偶然。
あの人いつも夜更かししててさ、何してんだろうな~ってこっそり様子を伺ってたわけよ。
そしたらこの前、ソレをそこに入れてるのを見かけたんだ」
いつか誰かが気付いたらでいい。
気付かなかったらそれでもいい。
――そんな気持ちで彼が遺したもの。
「ヘルギについたら、2通は君が代わりに出してあげたら?
まったく素直じゃないよねぇ、あの人も」
それじゃ、とアンバーは部屋から出て行ってしまった。
ほとんど自分の想いを口にしなかった彼の、押し込んでいた感情が文字としてそこに存在している。
例え自分が死のうとも、ジストへの恨みは一切ない事。
娘のためとはいえ傷つけた事を謝罪する気持ち。
また共に歩もうと手を差し伸べてくれた事への感謝。
冗談か本心かは不明瞭な、わりとジストを気に入っていたという一筆。
――あぁもう、またこいつはこうやって心を掻き乱すのだから。
彼からの最期の贈り物を大事にしまい、残りの2通に目をやる。
いつかは告げねばならないが、それを知るにはハイネはまだ幼すぎる気もする。
まだ何も知らない彼女は、今頃無邪気に過ごしているのだろうか。
彼を好いていたラリマーも、これを知ったら一体どんな顔をするだろうか。
彼と彼女の関係についてはジストも深くは知らない。
だが最期の手紙を遺すほどの存在ではあったのだと悟る。
彼の主だった自分には、この2通を送り出す義務がある。
それが、今出来るせめてもの手向けだ。
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