ひとしきりの宴会の後はぐっすりと眠る。
だが、まだ太陽が姿を見せていない暁の時分に、カイヤは目覚める。
まだ星空が広がっているが、東の空は焼けるような橙の色に染まりつつある。

目をこすって窓の向こうを見たカイヤは、こんな時間に立ち尽くす人影を見つけた。

「・・・博士?」

その姿が妙に鮮烈で。
カイヤは上着を羽織って外に出てみる。





「あれ、カイヤ君。早起きだね」

「おはようございます、博士。
こんな時間にこんなところで何をしてるんですか?」

吐く息が白い。
春が近いとはいえ、ここは雪国だ。
明け方は特に冷え込む。

「少し物思いに耽っていただけさ。
ここはいい景色だ。しっかり目に焼き付けておかなきゃね」

そう言ってクレイズは空を見上げる。

「・・・博士、ボク、博士の世界を見てきました。
どこもかしこも真っ黒で、灰だらけで、自然なんか何1つなくて。
・・・ねぇ博士、もしレムリアさんを姫様が止めたとしたら、博士は元の世界に帰っちゃうんですか・・・?」

不安げに尋ねると、彼は首を横に振る。

「たぶん、僕は永遠にあの世界には帰らない。帰れないよ。
誰があんな世界に帰りたいと思う?
あの世界の人達だって、この空を見たら口を揃えてそう言うはずだ」

そう、だからこそ。

「この世界を求めてはいけないんだ、僕達は。
同じ過ちを犯して、また歴史を繰り返す。愚かな生き物だからね、人間は。
王女君が向かう先で、きっと歴史は正される。
本当は僕がやるべき事だった。レムリアを・・・いや、リアンを知る僕こそが。
でも僕にはそんな力がなかったんだ。
誰かを惹きつけ、引き連れ、立ち向かうだけの勇気がね」

さわさわと風が吹き抜ける。

「姫様はレーヴァテインの人だって、言ってました。
博士達と同じ世界の人。
レムリアさんが連れてきた、カルセドニーさんの代わりだって」

「そうか。それを知ったんだね、彼女は。
それでいてなお、この世界を救おうというのか。
これだけはリアンの誤算だったに違いない」

風になびく長い紺色の髪をカイヤは見つめる。
懐かしい香りが彼女を包む。

「カイヤ」

名を呼ばれ、彼を見上げる。
そこには、娘を見つめる父親の顔があった。

「僕は僕なりに責任をとる。
大丈夫、きっと全部うまくいくから。
君の世界を正すために、僕は生きる事にする」

優しく微笑む彼の顔。
それが何故か、涙で滲んで見えた。





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