ダインスレフでも秘匿とされている地下空間。
医療機関の最下層であるそこにクラインはいた。
いつもよりも更に険しい面持ちで、そこに横たわる無数の“献体”を見つめる。

「クライン、ここにいたか」

「ブラーゼン。あまり無警戒にここを訪れないように。
目撃されては元も子もありません」

「さすがに俺もそこまで馬鹿じゃないぞ」

ウバロは太い両腕を組んで抗議する。

「・・・それで、何用ですか」

「こんな陰気くさいところで、今度は何を企んでいるのかと思ってな」

眼前にずらりと並ぶ簡素なベッドの上に、大勢の人々が寝かせられている。
どの人物も、生命を維持するための機材を体のあちこちにとりつけられ、意識のないまま、生かされ続けている。
子供から大人、男女問わず、覚めない夢の中にいた。

「アルマツィアの方で何やら不穏な動きがあるそうだ。
砂漠地帯から出ないはずのダークエルフの姿まで目撃されている。それも複数人だ」

「我々の口から不穏だなどという表現、皮肉にもほどがありますね」

自嘲気味にクラインは鼻で笑う。

「誰が何をしようと、もう“あの人”は止まらない。
ここまで来てしまったら、あとは行く末を傍観するのみです」

「本当にそう思っているのか、クライン?」

背を向けたままの彼に、ウバロは問いかける。

「お前は何かを迷っているのだろう」

「まさか。私が何を迷っているというのですか」

「・・・お前が信じるべき道、だ」

振り向いたクラインの表情は強張っている。

「いや、違うな。お前はもう決めている。
だがその一歩を踏み出す事を躊躇っている。
・・・違うか?」

「貴方などに私の何がわかるのです」

紫と青の両眸がきつく睨みつける。

「お前は、お前が思う以上に“人間”なんだ。
だがそれでいい。俺はそういうお前の方が好ましい」

「・・・貴方はどういうつもりでここにいる?
レムリアに賛同するわけでもなく、どちらともつかない私を否定せず」

「俺はただ、この機関にいる連中が哀れなだけだ。レムリアただ1人を除いて、な。
フェナやロコ、ローディ、・・・クライン、お前もだ。
だが俺1人には全員を救える力はない。
ならせめて、救いがくる時まで守ってやりたいと・・・そう思っている。
できればお前にも、俺と一緒の道に来てほしい」

「愚かな。私は手遅れなのです。
やれる事など、もう・・・――」

クラインは再び背を向ける。
目の前に並ぶ“道具”を見つめる。

「・・・クライン、お前まさか!」

「貴方は貴方の成すべき事をすればいい。
ここにいては巻き込まれます。去りなさい。
貴方は私とは違って、光の中を歩んでいく選択肢がある。
こんなくだらない事に巻き込まれて人生を棒に振るものではありませんよ」

「お前は・・・本当は・・・」

「そうですね。いつから私はこんなにも歪んでしまったのでしょうか」

クラインは傍らに眠る献体に手を伸ばす。

「これが私の答えですよ。――リアン」




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