聖都の復興で雑務に追われていた教皇だが、ようやく毎日が落ち着いてきた。
夫婦2人の時間も少しずつとれるようになり、休憩時には揃って茶を飲む余裕も出てきた。
今日も、何の変哲もない穏やかな時間を過ごす。
若い2人のはずが、世間話に花が咲くわけでもなく、静かな空気に身を任せる。
そんな中で、遣いの兵が現れる。

「失礼いたします。クロラ様、お客人です」

「何方ですか?」

「緑の国のジスト殿下でございます」

うわ、とクロラは顔を歪める。





「久方ぶりだな、クロラよ!
リシアも元気そうで何よりだ!」

夫婦連れ立って客間まで来てみれば、相変わらずのジストがそこにいる。

「どうしたのよ、ジスト?
コーネルは元気?」

「あぁ。彼には別の案件で動いてもらっている。
・・・今日はクロラに協力して欲しい事があってな」

「まったく、都合よく使ってくれますね貴方は」

「お互い様だろう? ふはは!」

夫婦とジストが向かい合う形で席に着く。

「それで、どのような用件で?」

仕方なく尋ねてくるクロラに、ジストは古ぼけた一枚の紙を手渡す。

「これは?」

「“飛空艇”。空を飛ぶ船の設計図だ」

目の前の2人はきょとんとしている。

「空を飛ぶ船?」

思わず彼は聞き返してくる。
それもそのはずだ。この世界ではそもそもまだ“空を飛ぶ”という発想がない。
陸路でさえ馬に頼りきりのこの世界で、船ほど大きな物体が宙に浮くなど誰も想像つかないだろう。

「君の命じるがまま、私は4つの指輪を手に入れた。最後の1つはレムリアが持っている。
私達にはどうしても“速い足”が必要だ。そこでこの飛空艇の出番、というわけなのだよ」

「そんな夢物語のような・・・」

彼はまだ信用していない顔をしている。

「確かに、どこかの専門家が描いたような設計図、みたいですが・・・
こんなもの、一体どこで?」

「“もう1つの歴史”で、と言ったら、君は信じるだろうか?」

クロラの顔にますます不信感が出てくる。

「もしもこの世界よりも文明が発展した世界があったとしたら?
そして、もしもその行き過ぎた文明の世界の住人が、新たな大地を求めて世界を渡ったとしたら?」

「・・・ジスト、それ本気で言ってるの?」

リシアに言われ、ジストはもちろんと頷く。

「私がこんな冗談を言いにわざわざここへ来るとでも?」

「それはそうだけど・・・」

設計図を見つめるクロラはしばらく沈黙した後に顔を上げる。

「貴方の目的は、この飛空艇を作るための資金を援助してほしい、と・・・
恐らくはその辺りでしょう」

「その通りだ」

「それで、私がそう簡単に信用して金を出すとも思っていない」

「まぁ、そうだろうな」

「私がここで頷かなかったとしたら?」

「この世界は滅びる」

「ふっ・・・」

小さく笑いが漏れる。
リシアがクロラの顔を覗き込む。

「我々アルマツィアの財源も、無限ではありません。
ですが、世界ごと滅びたとしたら、それこそ何の意味もありません。
・・・いいでしょう、乗ります」

「ほ、本当か?!」

「ただし条件があります」

クロラに、教皇としての顔が覗く。

「これは貸し付けです。事が済んだら同額を返却してください。
世界さえ終わらなければ、それは実現できますよね?」

「はははは!!
やはり君には敵いそうにない。
・・・それでいい。感謝するぞ、クロラ」

「いいえ。元を辿れば私が撒いた種のようなもの。
空飛ぶ船、見せていただこうではありませんか」

「任せてくれ!
今コーネルがラズワルド殿の説得に当たっている。
上手くいけば、そう遠くないうちに見せられるだろう」

「あぁ、納得。だから今日はコーネルを連れてこなかったのね。
ふふっ。あいつ、お父様にだけは弱いから。
でもあのお父様を動かそうとするなんて、コーネルったら随分大人になったのね」

リシアは弟の事を思い出しながら微笑んでいる。

「うちの船が飛ぶなんて、まるで想像つかないわ。楽しみ。
ねぇクロラ、アルマツィアの領地を貸してあげましょう?
何にしたって作業場は必要だもの」

「えぇ。どうぞ。
船を乗り入れるのであれば、港を持つカルル村が最適かと。
村には教皇の印で勅命を出しますので、ご安心を」

「い、いいのか、クロラ?!」

「それこそ“乗りかかった船”ですから」

多大な支援を勝ち得たジストは感謝しつつ宮殿を後にする。



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