きらり、きらきら。
揺らぐ光に祈り捧げ。
あぁ、今はもう無き、夢想の光。



小さくそう口ずさむその人物は、遠慮がちに開いた扉の音を聞く。

「来てくれたのですね。名も知らぬ“私”」

驚くほどよく似た声音。
見紛えるほど同じ眩さの白銀髪。
彼女の瞳は桃橙の色味を持つ。

「・・・あなたは、私、なのですね・・・?」

恐る恐る伺うサフィの両腕は透明だ。
その姿を見た“もう1人のサフィ”は、すまなそうに眉を下げた。

「ごめんなさい。無理に呼んでしまって」

彼女はそう言って振り向いた。
キキキ、と音がする・・・――車椅子だ。

「初めまして。私はラチアと申します。
・・・そちらの私の名を聞かせていただけますか?」

「私はサファイアです」

「そう。サファイアという名前なのですね」

ラチアは車椅子の目線から、目の前に立つサフィとアンバーを眺めた。

「・・・そちらの私には、自由な脚があるんですね。
私は見ての通り、幼い頃からこの状態。
呪いの枷で、立つ事すらできないのです」

いいなぁ、とラチアは目を細めて微笑んだ。

「呪いの枷、というのは・・・?」

「生まれつきの多すぎる魔力が停滞して起こってしまう症状です。
魔力を持っているのに、満足に使えない。
私は“聖女の片割れ”なのに、なんの才能もない、役立たずです」

聖女の片割れ――・・・

「ラチア。君が言う聖女っていうのは、一体なんのこと?」

ラチアはアンバーに目をやる。

「特定の血筋に生まれる、強い魔力を持った女性の事です。
私の母と姉もそうでしたが、2人共戦火の最中に命を落としました。
私と対になるもう1人の聖女もいたのですが、その人も幼くして亡くなったそうです」

「・・・お母さん、とお姉ちゃん・・・」

「はい。とても素敵な人達でした。
ですが2人共、不自由な私を庇って亡くなってしまった。
今はもう、この世界に聖女と呼べる存在は私しかいないのかもしれません」

素敵な人達。
サフィはズキンと心が痛んだ。



“サフィが親に捨てられなかった歴史”。それが、ここにある。

捨てられず、家族と共に育った歴史の中にいるラチアには、サフィが出会ったアンバーという存在はない。
今のサフィが出来上がったきっかけがなかった世界が、ここなんだ。

動揺で唇を震わせるサフィをそっと撫で、アンバーは更に問う。

「君と対になる聖女っていうのは、どこに住んでいたか知ってる?」

「私は会った事がないのですが、東の国“レーヴァテイン”で生まれたそうです。
レーヴァテインの王女様の許婚の方のお姉さん、とは聞いた事があります」

「ねぇ、サフィ。これって、俺達の世界で言い換えると・・・」

「ミストルテインの・・・王子様、の許婚の・・・」

目の前のラチアの姿を見て、アンバーとサフィは気付いてしまう。



「・・・サファイア。もしかして、聖女というものが何か、知らされていないのですか?」

「はい。私は小さい時に両親に捨てられました。聖女が何なのか、知らされるよりも前に・・・」

「そんな・・・! 私が、両親に捨てられた・・・?!」

ラチアは、サフィの知らない愛を知っている。
サフィは、ラチアの知らない自由を知っている。

どちらが幸せか、なんて誰にもわからない。

「聖女とは、“世界の観測者”。この世の誰よりも大きい魔力を持って生まれる人間。
“私達”の目を通して世界の生死は決まる。
今この空に浮かぶ凶星は、“私達”が感じた絶望の度合いによって輝くのです。
“私達”の絶望が満ちた時、“私達”の魔力が解放され、世界の死を招く。
・・・呼称は良い響きですが、実際のところは滅びの引き金となる存在。
この世界で唯一の聖女となった私は、こうして世間から隔離されて、少しでも世界が死ぬまでの時間を引き延ばそうとしている。
惨い世界をこの目に映さないために」

ラチアは窓の外へ目をやる。

「・・・閉じ込められていたって、わかるものはわかってしまうのです。
この世界はもう死に近い。あらゆる犠牲が多すぎたのです。
こんな世界で、私は一体何に希望を持てばいいというのでしょうか・・・」

諦めた、泣きそうな笑顔を浮かべて、ラチアはサフィの手をとる。

「今日だけは、キラキラとした希望を感じたのです。思わず呼んでしまいたくなるような。
とても輝いていて眩しい“私”。きっとそちらの世界は、とても美しい光景なのでしょう。
自分の足で立つ事ができる“私”なら、世界を守る事だってできるかもしれない・・・」

透けていたサフィの手が影を取り戻し、代わりにラチアの手が透けていく。

「会えてよかった、サファイア。
こんな私でも希望に満ちて自由に生きる歴史がどこかにあると知れて、心が温かくなりました。
その自由が奪われないうちに、元の世界へ帰ってください。
引きとめてごめんなさい。
・・・どうか、後悔のない人生を」

「私・・・私、諦めません。あなたという“私”にある可能性を潰したりなんかしません・・・!」

ぎゅっとラチアの手を握り、そしてそっと離れる。

「アンバーさん。ジストさん達を探しましょう。
・・・伝えないといけない話もありますから」

「そうだね。うん。行こう。
ラチア、辛くなったら恋でもするといいよ。俺みたいなイケてる男とね!
・・・じゃね!」

去っていく2人の姿。
どこかにあったかもしれない、“可能性”。


――サファイア。“私”はきっと、“私”が知らない気持ちもたくさん知っているのでしょう。


――ちょっぴり、羨ましいです。




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