「くしゅんっ」

今日は冷える。
いや、南国で冷えるも何もないんだけど。



クレイズは今日も顕微鏡を覗いている。
黙々と作業を進める背中を、助手は見つめていた。

「・・・先輩、いい加減休んだ方がいいです。
あまり詰め過ぎるとわかるもんもわからなくなりますよ?」

「うん・・・。わかってるよ。あとちょっと」

言い出したら曲げない。融通が利かない。子供の様な人だ。

「先輩と結婚する人、きっと苦労するでしょうねぇ・・・」

なんの意味もない、ただのぼやき。
追加のコーヒーを持ってこようと空のカップを手に取るアンリ。

「そうだねぇ・・・。大変だったんじゃないかなぁ」

素通りしそうになったところで、理解の方が追いつく。

「は?!
せ、先輩、既婚歴あるんです?!」

「えっ」

アンリの反応を見て、口を滑らせた事を悟った。

「あぁ・・・うん・・・。
やっぱり駄目だね。頭が回らなくなってきてる。
少し寝ようかな・・・少しだけね」

「ちょ、ちょっと待ってくださっ・・・
さすがに衝撃ですよそれ・・・。
カイヤさんは知ってるんです?」

「知らないと思うけど、そろそろ気付いてるかもね。
まぁ、別に大した話でもないよ。もう終わった事だし」

「しかもバツついてたんですかぃ・・・」

「コーヒー。ちょうだい。とびっきり濃いやつ」

クレイズは無邪気にそう注文してくる。
腑に落ちないが、仕方なく彼の注文を受け取る。



アンリを待つ間、クレイズは机の引き出しからあるものをそっと取り出す。
それは、幼子の写真を埋め込んだ古いペンダント。

「・・・もしも君が生きていたら。
どんな風に育っていたんだろうね。
ねぇ、・・・――――」




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