街の中は不気味なほどに静かだった。

瓦礫の下敷きになった遺体がまだ取り残されている。
炎がはじけるパチパチという音と、時折吹くすすり泣くような冷たい風だけがそこにはある。
まるであらゆる建物を蹂躙したかのように、見た事もない鉄の機械が瓦礫の上に鎮座していた。

「これ・・・大砲みたいな機械ですね。アルマツィアの要塞にあるようなやつを小型化して、車輪をつけたような。
誰かが操縦する必要があるみたいですけど、でも、こんな技術があるなんて・・・」

「強いのかな?」

「強い・・・と思います。
ボク達だってアルマツィアで見たじゃないですか。砲丸の嵐を。
あれが、こんな小回りの利く姿で、街を走り回るなんて・・・」

血塗れた王都は、はっきりと鉛玉の傷跡を残している。
街の向こうに見えるはずの海は波も忘れて泥沼と化し、武装した船が乗り捨てられているのが見える。

「王子・・・」

「城を覗く。怖気づいているのならば無理についてこなくていい」

「い、行きますよ!
こんな得体のしれない場所で単独行動なんておバカのする事ですっ!!
ねぇ、カルセドニーさん?!」

「う、うん、そうだね」

つかつかと城門へ向かうコーネルを慌てて追いかける。





城内にも遺体があちこちに横たわっている。
襲われてさほど時間も経っていないのか、呻く声も聞こえてくる。
崩落した天井の下敷きになっていた人物を見つけて駆け寄るが、瓦礫をどけるまさにその瞬間、事切れてしまった。

「・・・ここのコーネルは、どうなったんだろう」

「もしかしたらリシア王女の並行人格もいるかもですよ?」

「わかっている。探す」

廊下に行って開きそうなドアを順番に開けて部屋を覗くが、姉弟らしい姿はどこにもない。
ふと立ち止まったコーネルは、踵を返して地下への階段へ向かった。

「ど、どこ行くんですか?!」

彼を追いかけて階段を下りると、ひんやりとした暗い空間が広がっていた。


――地下牢だ。


「こ、こんなところ、罪人しかいないんじゃ・・・」

「王都がこの様だ。阻止できなかった王族に罪がないと思うか?」

コーネルの予感は当たっていた。
一番奥深くの牢に、動く人影を見つけた。
女性のようだ。

「おい」

呼びかけると、暗がりの中の影は弱々しく動いた。

「お、にい・・・さま・・・?」

か細い声が聞こえる。
だが暗くてよく見えない。

「待ってください。確か小さな照明があったはず・・・」

カイヤは鞄を漁ると、カチ、とスイッチを入れて携帯型ランプを灯す。
そこに照らし出されたのは、緑髪にグレーの瞳をした女性――否、少女だった。

「この子、」

「・・・どういう事だ・・・」

傷だらけの少女は弱々しく手を伸ばす。

「お兄さま・・・。
やっぱり、ミシャだけでは、王は、務まらなかっ・・・」

「ミシャ?
ミシャというのか、お前は」

「お兄さま・・・お忘れですか・・・?
ミーアシャム・・・ミシャはお兄さまの・・・いもう、と・・・」

コーネルは自分の剣で力任せに牢の鍵を破壊する。
重い鉄格子の扉を開けると、ミシャと名乗る少女は微笑んだ。

「お兄さま・・・。不甲斐ないミシャを迎えにきてくださったのですね・・・。
会いたかった・・・ずっとずっと・・・。
どうしてミシャを置いていってしまったのですか・・・?」

「王子・・・この子・・・」

「・・・いい。そのままでいさせろ・・・」

死の淵に立つミシャは、届かぬ光に手を伸ばすようにコーネルの頬に触れる。
掛ける言葉が見つからない。ただ、ミシャのしたいようにさせてやるだけ。

「お兄さま・・・。ミシャは精一杯がんばりました・・・。
ですが、王になるには未熟だったのです・・・。
大好きなこの国を、お兄さまに託されたここを、守り抜けなかった・・・」

「どこがやったんだ? こんな非道な事を・・・」

「ハルバード・・・」

国の名前だろうか。3人は顔を見合わせた。

「全部ミシャのせい・・・なのです・・・。
ミシャが素直に、ハルバードに嫁いでいたのなら・・・
こんな事には・・・」

ミシャを支えるコーネルの腕が思わず震える。

「・・・アルマツィアの事か・・・?!」

「お兄さま・・・
それでもミシャは、幸せだったと思ってしまうのです・・・。
お兄さまは、ミシャの心を守ってくださった・・・。
ミシャをこの国に・・・大好きな故郷にいさせてくださった・・・から・・・」

彼女の瞳から温かい涙が伝ってくる。
息が詰まるような気がした。



“リシアがアルマツィアに嫁がなかった歴史”。

ここにいるミシャは、紛れもなく、コーネルの姉と同じ人物。
生まれの前後はあったとしても、血を分けた大切な片割れ。

「俺が・・・お前の心を守った?」

「そう・・・。
でも、それからお兄さまは消えてしまった・・・。
ミシャを置いて、どこかへ・・・」

やっと会えた、とミシャは穏やかに笑う。

「お兄さま・・・。
ミシャはもう、疲れてしまったのです・・・。
先行く不孝を、お許しください・・・」

澄んだグレーの瞳が、瞼をゆっくりと落としていく。

「あぁ。ゆっくり休め。
・・・すまなかった・・・」

ミシャは小さく微笑み、そして最期の吐息を漏らした。
コーネルの腕に確かな重みを残す。





「・・・王子」

抜け殻となったミシャをそっと横たえ、コーネルはこちらを向く。

「異世界で通用するかはわからないが、“あの儀式”、やってくれないか」

カルセはこくりと頷き、ミシャの傍にしゃがんだ。




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