あのヴィオルの並行人格だ。どんな曲者かと警戒する。
しかし玉座には意外にも物腰落ち着いた風の王が鎮座していた。

「客人か。どこの国の者か?」

「しがない旅人だ。今はもうない国の、な」

「ほほう?
もしやレーヴァテインから参ったのかな?」

「レーヴァテイン・・・?」

聞き返すと、王は玉座にゆったりと背を預けて足を組む。

「かの東の国だ。
心当たりはないのか?」

ここから遥か東の国。
つまりミストルテインの事だろう。

「・・・私には故郷がない。そうとも、そのような名だったかもしれない」

「ふ。随分と不可思議な奴が来たものよ」

若さ故に身も心も猛っていたヴィオルとは打って変わり、こちらの王は冷静沈着のようだ。
ここは彼が求めた女性が王妃になった世界。彼が恨む“裏切り者”も既に死んでいる。
――ここには、この王が猛る理由が何もないのだ。

「して、俺に何用か」

ジストは上手い言い訳を頭の中で探す。

「私は・・・そう、記憶がいくつか欠けている。
聡明な王であれば、この世界についての見識もあると見てやってきた」

「悪くない判断だな。面白い。何が聞きたい、迷える旅人よ?」

ジストに成りすましたカルセに等しく、ジストもまたカルセの姿を思い描く。
それはこの王にとって興味の対象となったようだ。

「この世界は、黒く淀んでいる。
かつては自然と呼べるものもあったはずだ。
一体いつからこのように?」

「何の。それはもう古くからだ。
俺が生まれ落ちるよりも前。人類が進歩するのと反比例し、自然は衰退していった。
空も、海も、大地も、鮮やかな姿は夢物語だ」

王は目を細める。

「中でも最も繁栄していたレーヴァテインはいち早く終焉を迎えた。
見るも無残よ。かつては栄華を極めた国も、今やただの瓦礫の山。
空さえも手にしようとしたがために天罰が下ったのだろう」

「空を?」

「“飛空艇”だ。
あのような代物、もはや神に匹敵するというもの。
我が国でも手にしたかった技術だが、いかんせん作り上げるための資源がない。
もう百年も早く発明されていれば、世界は劇的に変わっていたかもしれないな」

ミストルテインは風を信仰する国だった。
こちらのレーヴァテインも、風を崇め空を手に入れようとしたのだろうか。

「・・・興味深い話。有難い」

「なに。か弱き者への餞別だ」

財には困っていない、心の余裕に溢れているのだろう。
何の見返りも求めず、王はそのままジストを見送る。





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