この世界でのブランディアはフランベルジュと呼ばれているらしい。
王都フランベルジュに足を踏み入れ、その姿に愕然とする。
「な、なんやこれ・・・。
整いすぎやろ・・・」
ブランディアはどことなく民族感の漂う田舎らしさが拭えなかったが、ここは道が整備され、規則正しく配置された家々が連なる都会となっている。
闘技大会で盛り上がっていた闘技場などは影も形もなく、それがあった場所には大きな市場が広がっていた。
しかし、道行く人は疲れ切ったような顔ばかりで、数もまばらだ。
「傭兵。お前はこの王都の城に行かない方がいいかもしれない」
「ほぉー。こっちでも何かやらかしてるんか、ワイは」
「あぁ。だから殺された」
空気が凍りつく。
「・・・こ、この世界のメノウは死んでいるのか・・・?!」
「そうだ。この国の王に拷問にかけられて死んだと聞いたな。
それで、その王の妃が・・・」
言いかけて口をつぐむ。
ジストはきょとんとするが、メノウにはわかったようだ。
「・・・“そういう歴史”ってやつか。皮肉なもんやな」
「それでも行くか?」
「姫さんが王に会うなら、ワイはついて行かな、な?」
「う、うむ。どう謁見をすべきか悩み所だが、これだけ発展した街だ。
この世界に関する話も何かしら聞けるだろう」
この世界を知る手がかりが欲しい。
ジストは気を引き締め直し、城へと向かう。
城の庭まで辿り着いて、足を止める。
というのも、ジストが隣に付き添わせていたメノウが急に立ち止まったからだ。
「どうした?」
「あ・・・いや・・・」
珍しくどもった彼を訝しみ、その視線の先に目をやる。
1人の女性が花壇を見つめて立ち尽くしていた。
「王妃とやらか?
美しい女性だな?」
「・・・姫さん、すまん。
ちょっと・・・あいつには近づけそうもないわ」
「何故だ?」
「・・・ジスト、察してやれ。
話を聞いてくるといい。俺達はここで待つ」
「そうか。わかった」
とたとたと女性のもとへ走っていくジストの背さえも見ていられないのか、メノウは思わず顔を背けた。
「こんにちは。お客様?」
女性は朗らかに笑う。
どこか、見た事があるような・・・――
「貴殿は王妃であられるか?」
「えぇ、そうよ。ふふ、おかしいかしら。
王妃が護衛もつけずにこんなところに突っ立っているなんて」
くすんだ街の中で唯一鮮やかに輝く、王妃のブロンドの髪。
真っ青な瞳は、今はこの世界から失われてしまった蒼海のよう。
「一体何を見つめていたというのだ?」
王妃の足元では枯れた花が首を垂らしていた。
「・・・花を、育てたかったの。
でも駄目ね。もうここでは植物は育たない。
せっかく無理を承知で綺麗な土と水を手に入れたのに、失敗しちゃった」
花が好きなの、と王妃は語る。
「花束ならたくさん貰った事があるけれど、地面に根を張って生きている花を見た事がないの。
ずっと見てみたかった。花で囲まれた家に住みたかったわ。
でも無理みたいね。この環境じゃ、やっぱり無理よね・・・」
不意にジストの脳裏にオアシスの光景が蘇る。
花に囲まれた家、・・・――メノウとハイネの家が、まさにそんな場所だった。
そして気が付いてしまう。
王妃が誰なのか、何故メノウが拒んだのか。
「・・・貴殿の夫は、」
聞かずにはいられず聞いてしまい、あっと口を押える。
それでも王妃は苦笑いで答えてくれた。
「どこかで噂になってる?
・・・本当はね、私には愛する人がいたのよ。
だけど政略結婚で、好きでもない男の妻になったわ。
ううん、私が好きな人は、私を連れ出そうとしてくれた。
・・・けど、失敗しちゃった。夫に殺されてしまったわ。
大切な、大切な、大好きな人を・・・――」
まさに泣き笑い、という表情で、王妃は声を震わせてそう言った。
「私の身体が夫を拒絶しているの。
・・・何年か前に子供を授かったけれど、流れてしまったわ」
ここは“もしも”の世界。
普通に生きていれば知る由もなかった、悲しい歴史の一片。
「・・・すまなかった」
ジストが俯いて謝ると、王妃はジストの肩にそっと手を置いた。
「顔を存じないけれど、きっと貴方は高貴な身分の方ね。
夫に用があったのでしょう?
私から話を通しましょう。詰まらない身の上も聞いていただいた事だしね」
王妃はジストを引き連れて城へと入る。
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