魔境。
そこは正常な判断を下せる者が踏み入る場所ではない。
鬱蒼と茂る森は、深い霧に包まれている。
その胎内に招いた命は決して逃がさない。
誰も近づかないそこは、地図にさえ記されていなかった、未知の領域。
「・・・本当にアンリ先生はこんなところに来たんですかね・・・」
近付いただけで身の毛もよだつ濃い魔力が停滞している。
邪悪、というよりも畏怖のあまり平伏してしまいそうな気迫だ。
「アクロ。君はこの魔境の向こうから来たのか?」
「そうだ」
森に入る事を躊躇う一行を気にもせず、アクロはそのまま歩いていく。
「どの世界にも、こういう場所がある。
名前などは知らないから、俺は“ゲート”と呼んでいる」
「あれっ。でもさ、アクロ。
俺達が聞いた限りじゃ、世界を渡るのって莫大な魔力が必要だって。
アクロは? いつもどうしてたの?
もしかして大量殺人とか・・・?!」
青ざめるアンバーの問いに、アクロは首を横に振る。
「転移に必要な魔力は、物体・・・すなわち肉体を移動させるために消費するコストだ。
俺にはそれがない。つまり俺が世界を渡るのに魔力は必要ない」
「あ、アクロさん、肉体ないんですかっ?!」
「そうだ。俺はもう“概念”に等しい存在。
今こうしてあたかもここにあるかのように見える俺の体は、“俺がここにいる”とお互いが認識することによって生まれる幻のようなもの。
そこにいるコーネルを俺が殺せば、そこのコーネルは“俺”に成り代わった肉体になるかもしれないけどな」
不機嫌そうに一歩後ろを歩いていたコーネルが、びく、と肩を跳ねる。
「言っただろう?
世界は同一を認めない。世界に認識されなかった方は消えてなくなる」
「どうしても・・・共存はできないのか・・・?」
ジストが不安げに尋ねると、アクロは静かに頷いた。
「いいか、貴様ら。別の世界に渡るという事は、別の世界に住む自分と会うかもしれないということ。
どんな用事かはよく知らないが、長居すると自分の存在自体が消えてなくなるかもしれないぞ」
ざわ、と震えが走る。
「・・・ところで、ですけど。
ボク達が今から行く世界って、ちゃんと博士達の世界なんでしょうか?
行く先を都合よく選べるなんて思えないんですけども・・・」
「それは心配には及ばない。
小娘、貴様が集めた魔力の量ごときであれば、せいぜい隣の世界までしか飛べないだろう。
一個人が工面できる魔力量で渡れる先など、高が知れている」
安心していいのか否か。
アクロの迷いない歩みについて行った先に何が待ち構えているのか、好奇心と恐怖が入り乱れているような気持ちだ。
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