畑地帯が広がっていたフロームンドとは異なり、ヘルギの街は道が整備された小都会だった。
街に一歩踏み入ったカイヤが、目を輝かせる。

「な、なんですかこれぇ?!
あの店もこの店も、魔法に関した本屋さんばっかり!!
ここはアレですか、学者のオアシスですか?!
姫様、なんでもっと早くここの事を教えてくれなかったんですか~!!」

鼻息荒く跳ねるカイヤにジストは目を白黒させている。

「いや、すまない。私もまさかここまで発展しているとは思っていなくてだな。
ここはそう何度も訪れる場所でもなかった。
私が来たのは、もう何年も前の話で・・・――」

「ちょっとだけ、ちょっとだけお店を覗かせてくださいっ!!
ずっと欲しかった本があるんですよ!!
これだけの品揃えなら、もしかしたらあるかも!!」

「う、うむ、まぁいいだろう。
朝から歩き通しだったからな。屋敷は街の奥だ。もう少しかかる。
昼食でもとって休憩しよう」

「やったぁ!!行ってきますっ!!」

全身が動力源のように漲るカイヤは、目にも止まらぬ速さで書店の中に消えた。

「・・・ああいうキラキラした好奇心、博士さんそっくりだよねあの子」

「ま、仮にも学者らしいしな。
アンバー、お前絶対本とか読まへんやろ」

「よ、読むよ! 週刊誌とか・・・」





街に並ぶのは書店が多いが、時折骨董品や魔法に使う媒体を扱う怪しげな店も存在している。
七色に光るランタン、中で霧が漂っている胡散臭い水晶玉、錬金術に使う宝石の欠片の詰め合わせ・・・――
眺めていると奇妙な楽しさがあるが、実際どのように使用するのかは皆目見当がつかないものばかりだ。

昼食を適当に済ませて街をぶらついていると、一件の書店の前に見覚えのある少女が立っているのを見つける。

「おや、君は確か、いつぞやグレンと共にいた少女では?」

立ち読みしていたその少女は振り返る。

「あっ、お姫様」

「はは。外ではどうか王子として接してくれたまえ」

役者のように貴族流の礼をして見せると、少女は微かに笑った。

「お前こんなとこで何しとんのや?」

同じく彼女を知るメノウが問いかけると、彼女は持っていた本を閉じた。

「おじさんを待ってるの。2人で」

「ふたり・・・?」

「踏んでるわよ、このゾンビ男!」

少し後ろに立っていたアンバーが、ひゃあと仰け反る。
下から聞こえてきた声が“踏んでいる”と表現したのは、少女の影だが・・・――

「まだ昼間よね。じゃあ顔出しはまた改めてするわ。直射日光はお肌の大敵だもの。
いーい? アタシはブラッド。世にも奇妙な大悪魔のブラッド様よ。憶えておくこと。
それとあんた達、シャルに危害を加えたら国ごと焼き払うから覚悟しておきなさい」

少女の影が何かの生き物のようにユラユラ動きながら喋っている。
影のはずが、真っ赤な目が1つ、パチパチと瞬きながら浮かんでいる。
男性とも女性ともとれるその妙な声は、赤い瞳が消えると同時に聞こえなくなった。
呆気にとられて地面を見つめるジスト達を見て、少女は面白そうに小さく笑う。

「ブラッドだよ。シャルの友達。暗いところでしか出てきてくれないけど。
・・・シャルはシャーレっていうの。よろしくね王子様」

「だ、大悪魔、って仰ってましたよね・・・?!
悪魔さんって本当にいたんだ・・・」

常日頃天使と神に祈りを捧げているサフィもさすがに驚いている。

――"悪魔"。

その呼び名に、コーネルは思わずメノウに目をやる。
コーネルの視線に気付いたのか、彼はわずかに歯を見せて微かに笑った。

「は、はは、面白い友人だな、シャルよ!
・・・それで、グレンを待っているということは、ひょっとして近くに彼がいるのか?」

「酒場にいるよ。一儲けしてくるって。
本当はこの街におじさんのおうちがあるって言うから来たんだけど、やっぱり行きたくないって言って遊びに行っちゃった。
おうちに何か用事があったみたいだけど、おじさんってダダこねると長いから」

「・・・どっちが保護者だ。馬鹿馬鹿しい。三賢者の名が泣くぞ」

思わずコーネルのぼやきが漏れる。

「酒場・・・行ってみる?」

戸惑いつつも、カルセの提案に乗ってみる事にする。





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