公爵が乱暴に開け放って行った扉のところ、暗い廊下にカルセが立っていた。
いつからいたのかわからないが、彼はユーディアがこちらに気付いたところで、部屋に入ってきた。
倒れた車椅子を置き直し、転んで動けない彼女を抱きかかえてそこに座らせる。
そうしてから、カルセは彼女の前にしゃがみ、小さな手をそっと握った。
「痛いよね。痛いでしょう?
待ってて、サフィを呼んでくる。あの子ならすぐ治してくれるから」
急いでサフィを呼びに行こうと立ち上がった彼の腕を、ユーディアは精一杯の力で引きとめる。
「いいんです。大丈夫。冷やすだけで・・・治ります、です」
「でも!」
「・・・この事、他の人には・・・秘密にしておいて、ほしいです」
「なぜ?
君のお父さんはおかしい。ジストには伝えるべき」
それでも、ユーディアは首を横に振る。
「この事をジストさまが知ったら、きっとお父さまを厳しく叱責するでしょう。
だから、ダメです。ユーディアが言ったと知ったら、お父さま、もっとお怒りになってしまいますです。
それに、ユーディアに優しくすると、カルセさんまで酷い目に・・・」
「僕が?」
「・・・ごめんなさい、です。
今のは、聞かなかった事に・・・」
「ユーディアはずっと謝ってばっかり。何も悪い事してないのに」
握っていた小さな手に、彼はもう片方の手を重ねる。
「僕は平気。でもユーディアは平気じゃない。
お父さんはいつもそうなの?」
「・・・いえ。今日は、今までで一番強く・・・叱られました」
「・・・そう」
カルセがそっと手を伸ばし、ユーディアの髪に触れる。
柔らかく繊細な感触。
彼に優しく撫でられると、ふんわりとした睫毛が乗せていた雫をぽろぽろと零す。
「ずっと雨が止まなければいいのに。
そうすれば、カルセさんはここにいてくれる」
泣き笑いで彼女はそう言う。
勢いが弱まった雨が、か細く窓を叩いている。
「きっと、朝には止んでしまいます。
ユーディアはただ、ジストさま達を見送るだけ・・・。
夢から覚めてしまうのです。
・・・1日だけでしたが・・・とっても、幸せな夢・・・でした」
彼女の手がカルセの頬に触れる。
「やっぱりジストさまはすごい。
こんなに素敵な人と、ユーディアを会わせてくれました」
「・・・ユーディア。僕はそんなに大した人間じゃないよ。
でも・・・ありがとう。僕もユーディアと出会えて嬉しい」
彼は穏やかに微笑んだ。
「明日、晴れたら一緒に庭に出てみない?
それくらいの時間は、きっと作れるから」
「・・・はい!」
心の底から嬉しそうな笑顔。
ずっとこんな顔が見ていたい。
彼はそんな風に思う自分に気が付く。
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