結局夜まで雨が止まず、一行はフリューゲル家の屋敷で一泊する事になる。
ジストとコーネルに対しての公爵は、さも整然とした忠義にあつい貴族たらんとしていたが、その他の客人に関しては手のひらを返したように冷たい。
取り分け面白くないのが、得体のしれない若い男と娘が談笑している様。
夜更けになると喪失感でさめざめと泣くのが日課である妻をほったらかし、公爵は娘の部屋を覗き見る。
今そこに“あの男”はいないが、盗み見た娘が見た事もないほど嬉しそうな横顔を覗かせているのが気に食わない。
「ユーディア」
突然響いた低い声に、楽しげにしていたユーディアは一瞬で青ざめる。
「お、お父さま・・・?
どうされたのですか、こんな時間に・・・」
「そうだ。もうこんな時間だ。
なのに何故まだ寝ていない?」
「それは」
「あの妙な男と今までいたんだろう?」
ゆっくりと部屋に入ってきた公爵に、ユーディアは思わず後ずさりをする。
カラカラ、と小さく音を立てた車椅子の車輪が、後ろの壁にコツンとぶつかった。
「野良犬の次は野良猫か?
くそっ、ジスト殿下を誑かす畜生共め・・・!」
「お父さま・・・?」
「ユーディア。あの妙な男とは関わるな。
ジスト殿下に身も心も尽くせ。現を抜かすな。
そうなれば、殿下も考え直してくれるやもしれぬ」
「どういうことです・・・?」
「お前と殿下との縁談が破談になりそうだということだ、愚か者!!
まだ右も左もわからぬ子供が、勝手に色気付きおって!!
どうして生き残ったのがお前なのだ?! どうして神の導きのような我が息子は命を落とした?!
さてはお前、私を陥れようと謀ったな?!」
父親に胸元を掴まれて恐怖する。
苦しい。
「お、お父さま・・・っ!!
はなしてっ!!」
ぱしっ、と父の手を叩く。
咳込んでから、自分がしてしまった事の罪の深さに震えが湧く。
「この私に逆らうか、役立たずめ!!」
「きゃあっ!!」
パンッ!!と平手がユーディアの頬に打ち込まれ、小柄な彼女は車椅子ごと派手に転んだ。
カラカラカラ、と車輪が空を虚しく駆る。
脚の自由が利かないユーディアは立ち上がれない。
それでも、仮にも娘である彼女に手を差し伸べる事もなく、公爵は背を向ける。
「そんなに男が恋しいのならば夜の街に売り飛ばしてもいいのだぞ。
お前の身を売った金でジスト殿下に良い手土産の1つくらいは捧げられるだろう」
吐き捨てるようにそう言うと、公爵は去って行った。
頬に走る痛み、転んでぶつけた体の痛み。
そのどれもがどうでもよかった。
流れ落ちる涙が止まらない。
声を上げる事もなく、ただ見開いた瞳から涙が次々と零れていく。
――いらない子。
わかってはいた。わかってはいたのだが、いざ言葉で言われてしまうと、もう掻き消せない深い傷跡となって心に刻まれる。
自分は無用の長物である。
その現実が、父親の怒鳴り声と共に頭の中をぐるぐると駆け回る。
「ユーディア」
囁くような声がした。
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