フリューゲル公爵が丁重にジストとコーネルを招き入れる。
それはジスト達を神か何かと勘違いしているような盲信的な態度で、むしろその気味の悪さにコーネルは顔をしかめた。
「ささ、どうぞどうぞ、お寛ぎくださいませ。
こちら王室御用達の最高級茶葉でございます。お懐かしゅうございますでしょう?
ほほほ、ジスト殿下は幼い頃よりその卓越した味覚でこの茶葉の魅力を感じ取り・・・」
「フリューゲル公。貴殿との昔話に花を咲かせるのも乙なものではあるが、用件が他にあるのだ」
「おおっと、出過ぎた真似を。大変失礼いたしました」
うむ、と頷き、ジストは懐かしい味で喉を潤す。
「我々はこれからミストルテイン城に向かうのだが、陥落の一件から今に至るまでで貴殿が知り得る話を聞いておきたいのだよ」
「なんと?!
かつては栄華を極めた城といえど、今は魔物の住処と化した・・・。そんな場所に殿下が?!」
「魔物だと?!」
思ったよりも酷い荒れ様のようだ。
フリューゲル公はごほんと咳払いする。
「殿下が旅立たれた頃の事です。バルドルの傭兵ギルドから救援が向かい、わずかの生存者と多くの犠牲者は王都より運び出され、失われた尊い命は一斉に弔われた。
――“風送りの儀”でございます。
しかし、殿下御自身もご存じの通り、今のミストルテインに“風を呼ぶ力”はない。
今の王都が魔物の巣窟になったのは、犠牲者の魂達が天に昇りきれず負の気が充満しているせい、とも」
「・・・ジスト、“風送りの儀”とは具体的にどういうものなんだ?」
難しい顔をしているジストが腕を組む。
「君も、もう知っているだろう?
アクイラ王家は風の精霊と交信する。緑の国の文化として、死者の弔いには風の力を使うのだ。
年に数回、王都に死者の遺族を集め、故人の魂が天に昇るように風の精霊の力を借り、祈りを捧げる。祭事の1つと思ってもらって構わない。
父上がご存命の頃は、その儀式を行うのは父上だった。
本来であれば跡継ぎの私がその祭事を引き継ぐ予定だったのだが・・・」
「えぇ。ジスト殿下は肝心の“風の精霊との交信”ができない。
今回は王族代理としてアルカディア家の公爵殿が立ち会ったのですが、やはり全盛期のアメシス陛下には敵いませぬ。
儀式は失敗したのでしょう。アルカディア家の力不足で、理想郷たるミストルテイン王都は今、地獄のような場所に・・・っ!」
昂る感情を拳に込めて熱く語るフリューゲル公に眉1つ動かさず、ジストは悠然としている。
「ふむ・・・。これは一度アルカディア家の方にも話を聞いた方が良さそうだな」
アクイラ王家に忠誠を誓う二大貴族、フリューゲル家とアルカディア家。
表向きは王家を支える双翼として名高い貴族だが、蓋を開ければ互いの家を罵り合う犬猿の仲。
特に、ジストの許婚としてユーディアを差し出す権利を得ているフリューゲル家は、アルカディア家に対する態度が横柄だ。
隙あらば貶し、自分の家がより相応しいと念を押すように、フリューゲル公爵はさながら道化のように振る舞う。
コーネルが先程感じた嫌悪感は、目の前の公爵から生臭い思惑が滲み出ていたからだろう。
同じような分家を抱える身として彼は同情する。
しかし当のフリューゲル公爵は、ジストの態度に焦りを覚えていた。
以前までの純真無垢で疑う事を知らない主ではない――そう察したのだ。
フリューゲル公爵は慌ててアルカディア家と会う事を止めるが、ジストは考えを変えない。
旅を始めた頃など、この公爵に容易く感情を揺さぶられていたものだが、今はもう揺らがない。
旅の中で多くの人々を見てきたジストは、目の前の公爵の小さな器などすでにお見通しだ。
「でっ、殿下! 娘のユーディアの事でありますが・・・」
「ふむ。ついでに言っておくか。
貴殿は少々ユーディアに辛く当たりすぎではないか?」
「いえ、いえ、滅相もない!
先程のお目汚しは、娘が至らないばかりに・・・」
「アクイラ王家はすでに滅びたも同然。
彼女に関しても、今一度今後について考え直した方が良いかもな?」
「ででで、殿下?!」
「さて、次はアルカディア家に向かいたいところではあるが・・・
外が随分と荒れている。
天候が回復するまで滞在しても構わないか?」
「ももももちろんでございます!!
殿下の望みとあらば、どんなものでもこのフリューゲル家が叶えて見せましょう!」
「そうか。ご苦労。
行くぞ、コーネル」
「お、おい」
はっはっは、とジストは笑いながら執務室を後にした。
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