辿り着いたのはユーディアの私室。
いかにも良家の娘の部屋らしく、高級そうな家具が並んでいる。
彼女は本棚から本を一冊、引っ張り出す。

「図鑑?」

「はい!
ユーディアの宝物なのです」

それを受け取ったカルセがパラパラとページをめくる。

「すごい・・・。いろんな生き物が載ってるね。
あっウミネコだ。この前見たよ。カレイドヴルフで。
僕の指先に止まったんだ。意外に大きくて重かった」

「本当です?!
いいなぁ・・・」

ユーディアの瞳がキラキラ輝く。
先程までのおどおどした表情が一変、好奇心旺盛な少女の顔に変わる。

「ジストが心配してた。
ユーディアの足、大丈夫かなって」

「生まれつき、なのです。
たぶん、治らないんだと・・・思うです」

小さな手が自らの足を撫でる。
その様子を、どこか悲しげにカルセが見つめる。

「あれ、これ・・・」

カルセは図鑑の最後のページに挟まれていた写真を手に取った。

「ユーディアと・・・誰?」

「お兄さま、です」

「お兄さんがいるの?」

「・・・もう死んでしまいました」

ひゅっ、と空気が凍った気がした。

「ごめん」

「いいえ。大丈夫、です」

切なそうに彼女は微笑む。

「お兄さまは、ユーディアよりずっと年上でした。
でも重いご病気で、亡くなってしまったのです。
きっとユーディアのせいなのです。
ユーディアがこんなだから、お兄さまが苦労して、お身体を壊して・・・」

遠い記憶を辿るように、彼女の瞳が細くなる。

「とても優しいお兄さまでした。
晴れて暖かい日、お兄さまはいつも、このお屋敷のお庭まで連れて行ってくれて・・・
たくさんのお花を見たり、小さな動物達と出会ったり。
雨の日でも楽しいように、その図鑑をユーディアにプレゼントしてくださいました」

大切な人との日々。
小さな幸せに囲まれていたあの頃。

「お兄さまが亡くなってから、お父さまもお母さまもおかしくなってしまったのです。
お父さまはユーディアを嫌いになった。
お母さまはお兄さまを思い出しては泣いている。
・・・ユーディアは、いらない子なのです」

いらない子。
遣る瀬無い、そんな言葉を口にした時、彼女は微笑んでしまった。
笑うしかない。もうどうしたらいいのかわからないのだから。

「ユーディア、寂しいんだね」

カルセは写真を見つめたまま呟いた。

「さみしい・・・?」

「僕も何となくわかるよ。たぶん、君と同じような世界にいたから」

彼と目が合う。
透き通るような青銀の瞳。
この瞳を前に嘘はつけない、そんな気がした。
うっかり呼んでしまったあの名を、もう一度呼びたくなる。

「・・・カルセさんは、お兄さまにちょっと似ている気がしますです」

「そうかな? ありがとう」







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