穏やかな風が草原を渡る。
木々はすっかり葉を落とし、寒気の到来のために身構えている。
しばらく雨が降っていないのか地面は乾いているが、空模様が怪しい。
重たげな厚みのある雲がじわじわと形を変えながら空を支配していき、日中にも関わらず辺りを薄暗くしていた。



緑の国、ミストルテイン。

四季折々の景色に恵まれた、穏やかで華やかな国。
この国はいつも風が吹いている。
その風は作物を優しく撫でる事もあれば、その一帯を薙ぎ倒す事もある。
そんな気紛れな自然と共存するここは、紛れもなく、ジストが育まれてきた国だ。

傭兵ギルドがあるバルドルの南に位置するフロームンドという街。
以前メノウと共にバルドルを出発した際は通れなかった林の先にその街はある。
その規模はバルドルの比にならないほど広く、畑地帯が多い牧歌的な場所だ。
通行止めはすっかり解除され、とれたての作物を運ぶ馬車がひっきりなしに道を往来している。

この広大な敷地を治めているのは、アクイラ王家に仕える片翼、フリューゲル家だ。
旅に出てすぐの頃に公爵がジストを連れ戻しに来たが、今思えば随分昔の笑い話である。

「感慨深いものだな。この空気、この風景、懐かしい」

畑沿いの道を歩きながら、ジストは嬉しそうにそう語る。
かつては行く先の知識も手段も知恵もなく、ただ闇雲に右往左往しているように見えた王女の堂々とした背中を、メノウは真っ直ぐ見つめていた。
ジストに気が付いた農民達が歓声を上げて手を振ると、ジストもニコニコと振り返す。

「あ、ジスト様だー!! ばんざーい!!」

「ジスト様、おかえりなさーい!!」

「ミストルテインに栄光あれ!!」

手放しで愛を叫ぶ人々の様子から、彼らにとってアクイラ王家がどのような存在だったかを目にする。
決してカレイドヴルフほど裕福ではないし、アルマツィアほどの高貴さもない。かといってブランディアのような血の気もなく、ダインスレフのような技術もない。
それでも、ミストルテインは素朴な幸せに囲まれている平和な世界だ。

「あそこが目的地だ。このフロームンドを治める公爵の屋敷だぞ」

ジストが指差した丘の上に、上品な佇まいのレンガ造りの屋敷が立っている。

「一雨きそうだな。急ぐぞ!」

やや速足で、丘の上へ至る道を歩いていく。






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