リシアが嫁ぎ、コーネルも家を出、カレイドヴルフ城は閑散としている。
暇そうにハタキを振り回していたメイドのグレーダは、久方ぶりの主の帰郷を横目で見る。
使用人としての志が底辺である彼女は、あぁ戻ってきたか、くらいの感想しか浮かばない。
「コーネル殿下! コーネル殿下だ!」
「本当に帰っていらした!! おお、コーネル殿下!!」
グレーダ以外の使用人達はこぞって城の入口に走る。
「あぁもう、寄るな触るな鬱陶しい!」
旅に出る前は問題児として扱われていたコーネルだが、いざ行方知れずとなるとやはり使用人達も気が気ではないようだ。
「ラズワルド陛下がお待ちかねですぞ!
ささ、ジスト殿下もこちらへ」
その老執事に連れられ、玉座の間へ通される。
「コーネルううう・・・!!!」
思わずぎゃっと首を竦める2人。
湧き上がる怒りの衝動を爆発させようとした手前、ラズワルドは、息子の隣にいるジストの存在に気が付いてハッとする。
「ジスト!! おお、おお!!
久方ぶりだな!!」
凛とした顔立ちに着実な年季という名の皺を刻んできたようなラズワルドの表情が綻ぶ。
年を重ねてなお鋭い眼光を宿す目元は、今まさにジストの隣で縮まっているコーネルにしっかりと受け継がれているような気がした。
「リシアの婚姻、実にめでたい。
貴殿の代わりに、美しい花嫁姿を堪能してきたぞ!」
「それはそれは、ありがたい。
曲がりなりにもわしはあの子の父だ。本当はその姿を見てみたいとは思っておった。
まぁ、国の主がそう易々と城を空けられるわけがないのは重々承知だったがな」
ジストとの再会に気をとられているラズワルドの視界からさりげなく逃れようとしていたコーネルは、がっしりと力強い手に引き止められる。
「さて、コーネル。貴様のような馬鹿息子にいくら説教をしたところで何の効力もない事はわかっておる。
・・・が、このわしが何の咎めもなく貴様を見逃すとは思わない事だ!」
「あれだけ手紙で詫びたではないですか、父上!!
俺はあれ以上謝れない!」
「ええい、それで済むと思うな!!
この場で、その口で、貴様の言葉で、謝罪の声をわしに聞かせよ!!」
ジストはコーネルを小突いて笑う。
コーネル自身、謝罪という行為を嫌っているのは誰の目で見てもわかる。
それでも、これは1つの礼儀なのだ。
「・・・ご心配をおかけいたしました、父上。
俺はこの通り、ここに。
申し訳ございません」
今にも沸騰しそうだったラズワルドは、少し驚いたように目を丸くした。
「ほう。素直に謝るだけの成長は遂げたようだな、コーネルよ。
うむ、ならばその成長に免じて不問とする。
よく戻ったな、我が息子よ」
ラズワルドはようやく慈悲深い父の顔を覗かせた。
勝手に出て行った息子が、こうして多少なりとも成長して戻ってきた事が嬉しいようだ。
すっかり肝を冷やしていたコーネルも、どっと脱力して長い溜息を吐いた。
「ジストよ。風の噂でお主の話はわしの耳にも入っておった。
その顔を見るに、お主なりの旅というものを見つけたのであろう。
その上でこのわしを訪ねてくるとは、一体どのような用件かね?」
「無理を承知で、貴殿に話があって参った」
「良い。申してみい」
右手の3つの指輪を、ラズワルドに見せる。
「なぬ・・・?
これは、・・・」
「ラズワルド殿。貴殿が持つオリゾンテ王家の指輪。それを私に預けて欲しい。
なに、事が済めばすべてをあるべき場所に返すつもりだ」
「・・・ほう。勿論、遊びで言うておるわけではなさそうだな」
「あぁ。本気だ。
或いは、その指輪の絶対的な安全を保障できるのであれば、それを私に預ける必要はない」
「絶対的な安全、か。難しい条件を提示してきたな。
すでに3つの王家の指輪を持つお主だ。その指輪の本来の意味は、把握しておるのだろう」
「学者達にも事実を聞いてきたところだ」
「では、“これ”に危機が迫っておる、という事か」
「わかるのか、ラズワルド殿?」
「うむ。そしてそれが、お主の旅の目的だな?」
「・・・そうだ」
静かに、それでも確実に頷く。
「ならば、良い。
持って行くがいい。今世の新たなる勇者よ。
お主の旅路、全てをわしに語って聞かせるほどゆとりあるものではないと見た。
さぁ、これが我が王家の指輪だ。お主に託すぞ」
ラズワルドは親指から指輪を外し、ジストの右手をとって乗せる。
「父上、俺が言うのも何ですが、本当にいいのですか?」
「なあに、わしの親友の子の頼みでは断れぬ。
この無垢な右手に運命を託す老骨を、どうか許してくれ。ジストよ」
「・・・痛み入る。ありがとう、ラズワルド殿」
ジストは深々と頭を下げる。
「私は一度、皆のもとへ戻る。
コーネル、しばしラズワルド殿との時間をとりたまえ。
改めて、今後についてを説得するのだ。いいな?」
「まったく、余計な気遣いを・・・」
また後で、と手を振るジストは玉座の間を後にした。
「・・・人は変わるものだ。
コーネル、正直わしは本当に驚いた。
まさかお前に頭を下げられようとはな」
「俺は俺なりに、この旅をジストと共に来たのです。
あいつは大きな壁に立ち向かおうとしている。
その壁を打ち壊す手助けがしたい。
・・・父上。俺はまた、ジストと共に行きます」
「本当はな。お前にはわしの跡継ぎとしての教育を施す時間がもっと必要だ。
だが、机上の空論で務まるほど、国王というものは易しくないのだ。
お前がそれを学ぶ手段がジストとの旅だというのならば、わしはそれを止めようとは思わぬ」
だが、とラズワルドは改めてコーネルに向き合う。
国を治める大きな手が、コーネルの両肩に乗った。
「無茶はするな。命を落とすなど以ての外。
これは次期国王である王子だからではない。わしなりの、父親としての、ごく純粋な気持ちだ。
それだけは決して裏切らないでくれ、我が息子よ」
「御意。必ず戻ります」
「あぁ。お前がどれほど大人になって帰ってくるか、楽しみにしておるぞ」
コーネルはこの時、生まれて初めて父親の眼差しを見た。
――俺は“それ”が聞きたかったんだ。ずっと、ずっと。
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