客間に入ると、買い物から戻ったマオリが待っていた。
「どうせお父様もゴミシンハもお茶の1つも出してくださらなかったでしょう?
わたくし、街へ出て新しい茶葉を買って参りましたの。
せめて一口でも飲んでいらして?」
「ありがたく頂こう!」
カレイドヴルフ産の茶は果物の風味が強い。南国の果実の晴れやかな香りが口に広がる。
砂糖を加えると、より濃厚な甘みが引き立つ。
甘党のジストは嬉しそうにその味を楽しんだ。
「ところで、本当に通りすがっただけですの?
お父様と何かお話されていたようですけれど」
「うむ。ここ最近で変わった事はなかったか、と。
近頃他国では物騒な風潮が強かったのでな」
「あら、いけませんわ。
お父様はこの屋敷からほとんど一歩も外へ出ませんのよ。
どうせ今日も夜の女との妄想で右手が忙しいのではなくって?」
令嬢らしくマオリも上品に微笑んでいるが、口から出る言葉にはまるで容赦がない。
コーネルが茶を噴き出しそうになって咳込む。
そういえば、いつぞやラリマーが売っていた名義に、ノゼアンの名前があったような。
――いや、詮索するのはやめておこう。
「マオリよ。確か君は王都の魔法学校の生徒だと言っていたな」
「えぇ。精霊術科の中等課程におりますわ。
でも今は長期休暇中で、仕方なしにこの実家へ帰ってきておりますの。
わたくし帰ってくる気はなかったのだけれど、お父様が戻ってこいと仰るから」
彼女は不満そうな顔のまま角砂糖を1つ摘まみ、カップの中へ落とす。
「少し前ですけれど、学校襲撃事件がございましたの。ご存じ?
うちの学校の教授が拉致されてしまいましたのよ。
細かい事情は生徒には知らされていないのだけれど、当の教授はもう戻ってきているから、何事もなかったのかしら。
そんな事もあったから、お父様はわたくしに何が何でも帰って来いと」
どうやらクレイズは無事に学校へ戻っているようだ。
カイヤとやりとりしているのを知ってはいたが、やはり心配は心配だったのだ。
よかった、とジストは安堵する。
「でも、何かおかしいんですのよ。
その攫われた教授、わたくしも一応は彼の講義を受けていたのですけれど・・・
最近は自習ばっかり。
学校にはいらっしゃるのに、研究室にこもったまま出てこないんですって」
「静養ではなく?」
「えぇ。ずっと閉じこもって、何かの研究をしているそうですの。
わたくしがお慕いしている別の先生が、そんな話をしていましたわ」
奇妙な話だ。
この事をカイヤは知っているのだろうか。
ジストとコーネルは顔を見合わせた。
「まぁ、嫌ですわ。わたくしったらつい長々と」
「いや、ありがとう。少々気になる話も聞けたのでな。
そろそろお暇しよう」
「門までお送りいたしますわ」
マオリに見送られ、ジストとコーネルは帰路につく。
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