コーネルの叔父、ラズワルド国王の実弟であるノゼアン公爵。
毅然とした兄とは対称的に、漁夫の利と自衛だけに血眼な小心者だ。
突然現れた甥のコーネルに愕然とし、慌てふためき、机の上に広げていた遊女達の写真を両腕一杯かき集めて取り繕う。
「なななな何用ですかな、コーネル殿下?!
このようなしがない副都市に」
「いや、俺は・・・」
「私が挨拶がてら連れてきたのだ。
お初にお目にかかる、オリゾンテ公。私はジスト・ヴィオレット・アクイラ。
緑の国の第一王子だ」
「ひ、ひいいっ?! じじじジスト殿下ですとっ?!」
「なに、とって食おうというわけではない。心を落ちつけたまえ」
ノゼアンは真っ青な顔を両手でごしごし擦ると、髭をいじりつつ態度を改めた。
「もう何ヶ月前の事か・・・。
兄上にご無事は聞いておりましたが、今まで一体どこへ行っておられたのです、コーネル殿下?」
「あぁ、責めないでやってくれ。私の旅に連れ回していたのだよ。ははは!」
さて、とジストは腰に手を当てる。
「私達はダインスレフ、アルマツィア、ブランディアの騒乱をこの目で見てきた。
その後にこのカレイドヴルフのニヴィアンに辿り着いたわけだが、ここ最近で何か物騒な話はなかったか?
例えば貴殿、もしくは国王が何かしらの事件に巻き込まれた、とか」
「見ての通り、なんの危機もない、我が国は自由と平和に愛された水の都ですぞ」
ほほほ、とノゼアンは優雅に笑っている。
「リシア殿下がアルマツィアに嫁がれ、騎士団はその護衛の任についておるようですが。
なあに、我が国には三賢者の1人がいらっしゃる。いざとなれば彼が何とかしてくれましょうぞ」
ノゼアンが言うところの三賢者は恐らくクレイズだろう。
だが、あの男が一国をどうこうしてくれようなどと都合の良い印象は見受けられない。
平和ボケした公爵は何の気兼ねもなく、貴族生活を満喫しているのだろう。
この親にしてあの子供達だと、いやがおうにも思わざるを得ない。
「ところでコーネル殿下、うちの娘のマオリとの話だが・・・」
「おいジスト。もういいだろう。行くぞ」
ここぞとばかりに話を差し込んできたノゼアンをかわし、コーネルはジストを引っ張って執務室を後にする。
「良いのか、コーネル?
マオリほどの器量良しはなかなかいないぞ?」
「お前、叔父上を見てもまだそう言うか?
あの男は“王妃の父”という立場が欲しいだけの能無しだ。
あいつに俺の未来の統治を邪魔されてたまるものか」
「はは。似たようなものだな。
私の許婚の父であるフリューゲル公も同じ野望を秘めているのだろうから」
「お前にもそういう存在がいるのか」
「あぁ。“彼女”は麗しい乙女だぞ」
王族らしい会話をしながら廊下を歩いていると、突然目の前の扉がガタン、と開く。
出てきたのは、鼻につくような笑顔を貼りつけた青年だ。
「よう、コーネル。素行不良の王子様が俺達の屋敷に何の用だ?」
「ちっ」
シンハだ。
態度には疑問が残るが、見た目は端麗な貴族然としている。
切れ長の緑の瞳が妹のマオリとよく似ている。
「おや、そちらはジスト殿下だったかな。噂には聞いている。
いやはや、このような辺鄙な田舎の屋敷によくぞ参られた。
心行くまで羽を伸ばされると良い」
わざとらしく優雅な手つきで一礼。慣れたもののようだ。
「先程はマオリと随分派手に争っていたようだが、何かあったのかね?」
ジストの直球な質問にバツが悪そうな顔を一瞬覗かせた後、シンハは胡散臭い笑顔で肩をすくめる。
「はは、これはこれは、お目汚しを。
あの女はこの屋敷にはそぐわない品行不良ですゆえ。
生き恥ですよ、“あんなの”は」
では、とシンハは会釈する。
「自分はこれから会議ですので。どうぞ、ごゆるりと。失礼」
傍で黄色い声を上げていた侍女達に愛を振りまきながら、彼は去って行った。
「口先だけだ。あいつの頭で理解できる会議ではない」
「・・・君は本当に分家嫌いも甚だしいな」
「間違ってもあいつの前で女だなどと暴露してくれるなよ。
シンハはヴィオルから知性を抜いたような男だからな」
「そ、そうか。忠告ありがとう」
シンハと入れ違いでやってきた執事に促され、2人は客間へ案内された。
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