ターフェイがいるという建物は、周囲の住居とは異なる大きなものだった。
質素な石の小屋とは違い、その建物は塗料で装飾され、よく見れば金銀の欠片や宝石が柱に埋め込まれている。
その建物の入り口前にある階段に座っているダークエルフが1人。少女のようだ。
他に門番らしき人物はおらず、ひとまずジストはその子に近づく。

「君、」

「アウィティンノッ!」

「・・・こんにちは、だそうですよ姫様」

「う、うむ! あ、あうぃち・・・?」

少女は身軽に立ち上がる。
褐色肌はダークエルフの例に漏れず、頭には動物の頭蓋らしきものを被り、頬には独特の化粧。
彼女はカイヤと似たような背格好だが、身長よりも長い槍を携えている。
比較的表情が硬く生真面目そうな雰囲気の漂うダークエルフだが、この少女は見た目相応の無邪気さを持っているようだ。
人懐こそうにニコニコと笑う。ターフェイも、笑えばこんな顔になるのかもしれない。

「エナ、ウア?」

「カイヤ、なんと?」

「姉に会いにきたのか、とか、そんなところだと思います」

「姉?」

「ターフェイさんの事なんじゃないですか?」

「なるほど!
じゃあその通りだと伝えてくれ」

カイヤはジストに言われた通りの言葉を翻訳して喋ってみせると、少女は嬉しそうに飛び跳ね、奥へ案内してくれた。





「あぁ、お前達か」

予想通り、門番の少女はターフェイの元へと連れてきてくれた。
バイバイ、と言わんばかりに手を振り、少女は持ち場へ戻っていく。

「失礼、彼女は君を姉と表現していたようだが」

「そうだ。あの子はモルダ。私の妹だ。
私が人間に対する借りとするのは、モルダをアンリに救われた事だ」

「えっ!
あの唐変木みたいな人があの子を助けたんですか?!」

「トウヘンボク・・・?
よくわからないが、これは事実だ。
モルダはよくも悪くも好奇心が強い。危ないから近づかないようにと言っても聞かない子供だ。
遊びに行った遺跡が崩れて閉じ込められたあの子を救ったのが、偶然そこに来ていたアンリという人間だった。
本来ダークエルフとは、人間を卑しい存在とだけ思っていた。
しかしあの男は、人間でありながら我々の同朋の命を救った。
だから私も、人間を救う心を持つと決めた。
否定する者も多いが、今の族長はこの私だ。もしそのような扱いを受けたならば遠慮なく私に報告するがいい」

「・・・ボク、知らなかったな。
アンリ先生ってちょっと無機質っていうか、そんなイメージの人なんです。
でもあの人のおかげで、ブランディアの怪我人は救われたんですよね。すごいや」

さて、とターフェイは手入れをしていた弓を傍に置き、胡坐をかく。

「お前の同朋の癒し手が、その怪我人をほぼ癒した。
また人間に借りができたわけだ」

「しかし、彼ら怪我人は人間だ。借りというほどのものでも」

「否。我らにはあの人数を癒す手段がなかった。借りを返すつもりが、失敗するところだったのだ。
お前達のおかげで、我々は義理を全うできる。これは感謝に値するものだ」

ターフェイは両手を合わせ、頭をわずかに下げる。
彼ら流の感謝の表現なのだろう。

「お前達、私に用があったのではないか?
礼をしよう。我らが故郷に人間が好む資源などはないが、欲するものがあるのならば言うてみるがいい」

「ありがたい。だが金品はいらないのだ。
私は君に話が聞きたい。
人間が知らない話を知っているかもしれないからな」

「話、か?
何の話が聞きたいと言う?」

「“邪なる者”という存在についてだ」

ターフェイは驚いた風の表情をした。
無表情だった彼女に個性が現れたような気がする。
長命なダークエルフ達ならば知っているかもしれない、と踏んだが図星だったようだ。

「お前、“それ”を聞いてどうするというのだ」

「今、“それ”が蘇ろうとしている。
それが一体どういうものなのか、もし知っているのならば教えてほしい」

「・・・ボクも初耳ですよ、それ。姫様、一体どういう・・・」

詮索を阻止するように手をそっと上げ、ジストはターフェイに目を向ける。

「教えてくれるだろうか?」

ターフェイは、しばし悩むように腕を組むと、静かに頷いた。

「最初に言っておく。これは“言い伝え”の域を出ない。
人間が得意とする事実関係については、それこそ人間の学者にでも聞いた方がいい。
それでも良いか?」

ジストは頷いた。









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