言葉が異なる、というのは実に不便なものだ。
5ヶ国に住む人々は、メノウのように多少の訛りの違いくらいはあれども、総じて同じ言語を使う。
しかし人間ではないエルフ達は、人間が生まれるよりも前から利用している独自の言語を発展させてきた。
“古代語”と呼ばれるそれは、昨日今日で見に付けられるほど簡単なものでもない。

「すみません、カイヤさん。
ダークエルフの方にお水を持ってきていただきたいのですが、翻訳をお願いできますか・・・?」

サフィ曰く、横たわる患者が水を飲みたがっているらしい。
わかった、と頷いたカイヤは、例のガイドブックを手に近くの侍女風のダークエルフに近づく。
学生であるカイヤとて、他言語を素とする人とのやりとりは初めてだ。

「あー、すみません。すみませんは・・・いいや、もう。
水、――イーソウ、ウジーム・・・?」

発音に自信はなかったが侍女は気が付いたようで、コクコクと頷いてから何か一言喋り、その場を立つ。

「カイヤん、何だって?」

「たぶん通じたんだと思います。“了解”って感じで言ってました」

「すげー!!さっすがカイヤん!!」

「いやぁ、ボクもまだまだですね。
古代語なんて使う機会まだないだろうって思って油断してました。
学校戻ったらアンリ先生に教えてもらわなきゃ」

しばらくすると、先程の侍女がコップに水を入れて戻ってきた。
その様子を見るに、しっかりと言葉は通じていたようだ。
サフィがそれを受け取り、患者に優しく飲ませる。

自分が役に立った、――いや、正確には本が、だが。
カイヤは少し得意げな顔をしている。
そこに顔を覗かせたのはジストだ。

「カイヤ、いいか?
私はこれからターフェイに会いに行くのだが、念のため君にもついてきてほしい。
誤解がないように、こちらも通訳してほしいのだ」

「わかりました!」

意気揚々と彼女はジストについていく。

「すごいですね、カイヤさん。
私よりも年下なのに、いろんな事ができてしまうんですもの」

「まぁでも、中身は普通の女の子さ。
ああ見えて、本当はまだ誰かの支えなしでは立てない弱さもある。
俺達がこっそり支えてあげなきゃね」

「ふふ。アンバーさん、優しいんですね」

「なんてことはない、俺も昔はそうだったなって思い出しただけさ」

サフィの甲斐甲斐しい治療のおかげか、ここを訪ねたその日よりも患者達の顔が綻んでいる。
銃声はすでになく、笛を吹くような鳥の声が聞こえてきた。








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