「ロート!! ロートじゃないか!!」

ティルバは藁の上で横たわっていた。
声音に反して満身創痍、以前見た健康そうな美貌は包帯の下に隠れてしまっている。

「ひでぇ有様やんなぁ」

「ははは、言ってくれる。
やはり私は戦向きではないな。この通り、ボコボコにされてしまったよ」

起き上がろうとするが、全員に止められて再び横たわる。

「こんなキナ臭い国に戻ってくるなんて、ロートも物好きだな。
何かあったのかい?」

「それはこっちの台詞や。
いつからこんなんなってん」

「いつだったか。君達が去った後ぐらい、だったかな」

長い長い溜息がティルバから漏れる。

「ご乱心もご乱心だよ、兄上は。
そこのカレイドヴルフ王子が一発かましてくれた隙に私がけしかけたら、あっさりと挑発に乗って倍返しだ。
あぁ、いや、王子のせいじゃないぞ。それは安心したまえ。
私が逸る気持ちを抑えきれなかった未熟者だからいけないんだ」

あの指輪さえ奪取できれば、と彼女は呟く。

「それは王家の指輪の話か、ティルバ殿?」

「そうだよ、アクイラの姫。
あの指輪が私の手に渡れば、理由はどうであれ私は国王になる。
まぁ、遅かれ早かれ兄上に見つかってこのような惨劇は起きたかもしれないが」

惨い兄妹争いだ。
自虐気味にティルバはそう言う。

「さて、次はこちらからの質問だぞ。
せっかく兄上の手から逃がしてあげたのに、なんでまたこんなところに?」

「その王家の指輪の件で来たのだ」

ティルバの横にジストは座る。

「ティルバ殿、君に聞きたい。
もし君の手に王家の指輪が渡ったとしたら、未来永劫、それを守り抜ける保障はあるか?」

「とんでもない事を聞くね、君は。
・・・結論から言うと、まぁ無理だろう」

ティルバは素直に首を振った。

「兄上が生きている限り、彼は王位を手中にせんとする。
たとえ兄上を殺めて後継者問題が一旦落ち着いたとしても、他の誰かが、私から指輪を奪おうとするだろう。
あの指輪に“絶対”など約束できないさ。それがあれの重みだ」

「なるほど。
ではもう1つ」

ジストは手袋を外す。
右手の人差し指にはアクイラの指輪、中指にはグラースの指輪が嵌められている。

「き、君、中指のそれは・・・!」

「そう。これはグラース家のもの。新たな教皇となったクロラから渡されたものだ」

「教皇が?! なぜそれを、君に・・・」

「指輪の危機なのだ。
私はこの指輪達が“悪”に奪われないうちに回収し、守らなければいけない」

「なんだって・・・?」

「すでに1つ、奪われた可能性がある。
私は即刻、残り2つの指輪を手元に置き、そして奪われた1つを取り返さねばならない。
言ってしまえば世界の危機だ。何が起きるかまでは断言できないが、恐らく、とんでもない事が起きる」

ティルバの目は見開いている。
薄桃の瞳にジストの真摯な眼差しが映っている。

「ティルバ殿。提案があるのだ。
私達が王都ブランディアを鎮め、ヴィオルから指輪を取り返すと約束しよう。
この争いが終結した暁には、ティルバ殿、君がブランディアの新たな女王だ。
ただし条件がある。エレミア王家に伝わる王家の指輪を、私に預けて欲しい」

「なんと・・・」

無茶言うなぁ、と後ろでメノウがぼやく。

「勝算は・・・あるのかい?」

「ある。だが、ヴィオル軍を殲滅するというのは我々だけでは難しい。
ヴィオル本人を倒し、旗印を失わせて戦意を失くさせるのが精々のところだ」

「ふふっ。大胆な交渉に出たものだね、ジスト王女。
王家の指輪は1つとて欠けてはならない・・・。王位に関わる者の常識だ。
それを、たとえ一国の姫とはいえ、君1人に預けるなんて不安しかないが・・・。
教皇の指輪をすでに持っているという事は、従わざるを得ないようなものだ。
いいよ、その話、乗った。
ただし成功したらの話だ。私が王となる、確たる礎を築いてくれないと、指輪は渡せない」

「善処しよう。任せてくれ、ティルバ殿」

ジストとティルバは握手を交わす。契約は成立だ。

「そうと決まれば早速作戦会議だ!
ティルバ殿、重傷なところ申し訳ないが、ヴィオル側についての情報が欲しい」

「いいだろう。まぁ、楽にしたまえ。長くなる話だからね」







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