こつ、こつ、と小刻みにテーブルを指で叩く音。

「5つの指輪・・・。2人の聖女・・・。むむむ」

「ジストさん、先程からどうなさったんですか?
お悩み事であれば、私が・・・」

「ふっ。私にとっての聖女はサフィだな」

「えっ?」

サフィが手にしているのはアンバーの鞄だろうか。
解れた部分を丁寧に縫い合わせていた手を止め、彼女は首を傾げる。

「聖女、ですか?」

「うむ。“2人の聖女”という言葉について、サフィは何か知っているか?
恐らくは聖職者に関する人物だとは思うが」

「あ、・・・それは・・・」

もじもじとサフィは俯く。

「詳しい話は私も知らないのですが・・・、私のお母さんが、“聖女”って呼ばれる人でした」

「君の母が?」

はい、と頷くと、サフィは赤面する。

「あ、あのっ、自分で言うのもおこがましくて、なのですが・・・
私は聖女の一族の生まれだって聞きました。
ええと、聖女がなんなのかは私にもよく・・・?」

「なんという事だ・・・本当に聖女だったとは・・・」

ジストは頭を抱える。
そしてすぐにガバリと顔を上げてサフィに飛びつく。

「やはり君は私の聖女なのだな!
ふふふ、これでもう何も怖くないぞ。ふはーっはっはっは!!」

「じっ、ジストさんっ・・・?!
は、はわわ、お裁縫道具が刺さっちゃいますよう・・・!」

ジストはサフィの白銀の髪を愛おしげに撫でる。
彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「私の治癒の力、聖女の一族に伝わる能力だそうです。
ただ、私の力は強すぎて、その・・・、生き返ってしまう人もいるのですが」

手元の鞄をぎゅっと握り、複雑そうにサフィは笑う。

「確かに、傷を一瞬で癒す力など他では見た事がない。
やはり君は特別な存在なのだな!」

褒めたつもりだが、サフィは眉尻を下げる。

「あの・・・これ、他の誰にも言っていないお話・・・なのですが」

彼女は少々声を小さくする。

「私、思うんです。誰かを生き返らせてしまうほどの力を、何の代償もなしに使えるなんて妙だなって。
・・・それで、1つ気付いてしまった“代償”があるんです」

目を丸くしているジストに、半ば救いを求めるかのようなサフィの表情が向けられる。

「もしかして、私、アンバーさんを生き返らせた時に・・・“記憶”を失くしたのかもって」

「き、記憶だと・・・?!」

サフィの姿に姉のガーネットの面影が重なる。

「“楽しかった記憶”を失くしている・・・気がするんです。
私、お姉ちゃんの事を何も覚えてなかった。でも両親に捨てられた時の事ははっきり覚えているんです。
お姉ちゃんはずっと独りで、ここまで、いなくなった私を追いかけてきてくれていたのに・・・。
もしかして、私がお姉ちゃんを全然覚えていないのって、“お姉ちゃんといた事が楽しかった”っていう、失われた記憶のせいなんじゃないかって・・・。
この前お姉ちゃんと会って気が付いたんですけど、こんな話、アンバーさんにもできなくて」

彼を生き返らせた事がきっかけでガーネットの記憶を失くしたとしたら。
本人に面と向かって相談できるわけがない。

「・・・という事は、サフィがその力を使う度に、君の人生が色褪せていくという事・・・か・・・?」

サフィは黙って小さく頷く。

「これは私に備わった特別な力。神様が与えてくれた尊いものかもしれません。
もし誰かが私の力を本当に必要とするのなら、私は喜んでお力になりたいと思います。
でも・・・。でも、それでも。
私、ジストさん達と来たここまでの旅、忘れたく・・・ないです」

一筋の涙が白い肌を伝う。

「もちろん、楽しかった大切な思い出がなくなってしまうのは嫌です。
でも、それ以上に、私によくしてくださった皆さんの事を忘れてしまう自分なんて許せないです・・・!
お姉ちゃんにだって、合わせる顔がありませんもの・・・」

さめざめと泣く彼女の震える肩をそっと抱く。

「大丈夫。私達は共にある。忘れられないくらいの思い出をたくさん作ろうではないか!」

ジストの前向きさは空回る事が多い。
それでも、今のサフィには太陽のように暖かく眩しい光だ。
うるんだ瑠璃色の瞳は幸せそうに細まっていた。





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