「メノウ、少しいいか?」

ジストに呼ばれて彼女の部屋に来てみれば、先客としてコーネルもいた。
こちらを一瞥した彼は、目配せして向かいの席に座るように指示する。

「一体なんの集まりやの」

「君に聞きたい事があってな。
関係者であるコーネルも呼んでおいた」

ジストはコーネルの隣に座る。
そうするなり、おもむろに彼女は手袋を外した。
いつか見た指輪が再び目の前に現れる。

「君は“王家の指輪”について何か知っているはずだ。
私が君に初めて会った時、私の指輪を見て驚いていたようだったからな」

「あぁ、その話か」

「単刀直入に聞くぞ、傭兵。
貴様はブランディア王家の指輪について知っているのだろう?」

「まぁな」

あっさりとメノウは頷く。

「今はヴィオルがつけとるはずや。
エレミア家の先代が死んだ時、その指輪をヴィオルとティルバ、どちらが継ぐかでモメてのう」

「君はその当時の事を知っているのか」

「あぁ。
ワイが傭兵になる前やし・・・10年以上前の話や」

「貴様はティルバ側についていたのだろう?
あのような下衆に指輪を奪われるのを、呑気に見ていただけなのか?」

「いや、なんつーか・・・。
ほら、その時もうアガーテの政略婚が決まっとったし・・・」

つまり、彼はじきに自分の妻となる女性を盾にされて、ヴィオルに手出しができなかったのだろう。
苦虫を噛み潰したように彼の顔が歪む。
――ヴィオルの統治で歪んだ赤の国。もし指輪の持ち主がティルバだったならば、また別の歴史になっていただろう。

「で。
・・・姫さんらが知りたいのは、指輪についてやったな」

彼は腕を組んで椅子に背を預ける。

「あんさんもおるって事は、その指輪が何なのかを知ったってとこか?」

「ああそうだ。
だがしかし、この話は各々が世代交代の際に先代から口伝される機密事項だ。
あのクロラでさえ、自ら調べなければ知り得なかった。
それを何故、元騎士とはいえど使用人風情の貴様が知っているのかという話だ」

「“アードリガー”って何か、知っとるか?」

メノウは突然その名を出す。

「君の名字・・・だったか?
あまり聞かない名ではあるな」

「そらそうや。
今いる“アードリガー”姓はワイとハイネだけ。
・・・アードリガーは、エレミア家の分家みたいなもんや」

「「なんだって?!」」

ジストとコーネルの声が合わさる。

「俗にいう、没落貴族やね。
ワイの親父が“どエラい女”に誑かされたせいで一家離散。
まぁ、ワイが生まれた頃には親父は死んどったし、元凶の母親は行方知れずやし。
そうでもなきゃ奴隷になんざならんわ」

自虐気味に彼は笑う。

「指輪の話はエレミアの先代に聞かされたんよ。
先代は指輪をティルバに継がせたかったらしいが、ヴィオルが横取りしおった。
有事の際はお前が指輪をなんとかせい、って無茶振りや」

「で、ではクロラが言っていた話は本当に・・・」

「“邪なる者”とかいうけったいなモンを封じとるらしいな、ソレ」

呼び名からしておよそ歓迎されない存在なのは誰でもわかる。
問題は、“それ”が何なのかがわかりかねるというところだ。

「君は“邪なる者”とやらが何なのかまでは知らないのか」

「知らんなぁ。やばそう、ってくらいしかわからん」

「困ったな。実はクロラも私達も、“それ”の正体が掴みかねるのだ。
とにかく“それ”が蘇るとマズい、だから指輪を危険から救わねばならない、というのがクロラの論なのだが・・・。
いかんせん、その危機の程度がわからないとなると私もどう動くべきか悩むのだ」

「今、“それ”を知っていそうなほど在位の長い王は俺の父上だけだが・・・
本当に知っているかは俺にもわからない。それらしい話は一度も聞いた事がないからな」

「歴史に詳しい者がいれば、あるいは・・・」

ジストは唸る。

「そういえば、俺の国の魔法学校には名の知れた考古学者がいるらしい。
俺には無縁の場所だから詳しい事は知らない」

「ふむ。カイヤに聞いてみるか」

すっ、とジストは立ち上がる。





手紙を出そうと出掛ける間際のカイヤを捕まえる。

「カイヤよ。君の学校の歴史に関する学者と言ったら誰だ?」

「え、うちの魔法学校のですか?
そりゃあ、アンリ先生以外いないと思いますが」

「彼に会いに行けば話を聞けるか?」

「まぁ、博士ほどクセのある人ではありませんから。
ローディ先生に怪我させられていたんですけど、だいぶ良くなったみたいなので、行けば会ってくれると思います。
姫様が歴史に興味があるなんて意外ですね。前しか見てないみたいな人なのに」

「ふはは! 相違はないな。
いやはや、少々難しい使命を与えられたものでな・・・。
よし、それではブランディアへ行った後にカレイドヴルフに向かおう」

「ふうん。そういう事ならアンリ先生にも手紙出しておこうかな。
伝えておきますね」

「恩に着る!」

出掛けようとしていたカイヤは引き返し、もう一通の手紙をしたため始めた。





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